【医師解説】第3の菌活?発酵食品が「生きて」腸まで届かなくても効果的な秘密
皆さま、こんにちは。
医師で予防医療のスペシャリスト・桐村里紗です。
発酵食品は、有用菌が「生きて腸まで届く」ことが最重要と一般的に考えられていますが、実は、生きて腸まで届かなくても十分に効果が発揮されます。
その秘密が、第3の菌活食品とされる「バイオジェニックス」と呼ばれる様々な機能性成分です。
様々な発酵食品に含まれる有用菌のほとんどは、胃酸で殺菌消毒されてしまいますが、それでも健康に良い理由は、バイオジェニックスにあります。
目次
1.有用菌の秘めた機能性「バイオジェニックス」
1-1.発酵食品はほぼ「生きて腸まで」届かない!
「生きて腸まで届く」という宣伝文句をよく見かけると思います。
もちろん、生きて腸まで届く種類の有用菌は存在します。
納豆菌やキムチやすぐき漬けなどの、発酵を起こす土壌由来の乳酸菌の一部や、人の腸内に定着する種類の乳酸菌やビフィズス菌の一部は、酸に強く、胃酸にも強いものがあることがわかっています。
胃酸を潜り抜けて便中に含まれる生きた有用菌は、腸内を通過する間に腸内細菌と連携して様々な働きをしてくれるのは確かです。
また、胃酸に負けないような工夫をした加工食品もありますね。
でも、発酵食品は「生きて腸まで届かなくては意味がない」という訳ではありません。
むしろ、ほとんどの発酵食品に含まれる有用菌は、生きて腸まで届くことはできません。
1-2.胃は「酸の海」
私たちの胃酸は、pH1〜1.5という強酸性。
食べ物を食べるなどして内容物があると若干pHが上がるものの、強い酸で食べ物を溶かすことで消化を促します。
ナウシカが、王蟲(おうむ)の暴走を止めるために、足を突っ込んだ、あの「酸の海」だと思って下さい。
人間の皮膚が溶けるほどなのですから、有用菌の細胞壁などひとたまりもありませんね。
でも、この酸の海は、とても重要です。
病原性微生物や歯周病菌などの不適切な菌が腸内環境を乱したり、人の健康を害したりしないように、殺菌消毒してくれているのです。
胃酸が弱いと、このバリア機能が働かないために、腸内環境が悪化し、病原性微生物にやられやすくなります。
同時に、食品に含まれる様々な有用菌も、殺菌消毒されることになります。
2.バイオジェニックスとは何か?
食品の中に含まれる有用菌がたとえ死滅したとしても、それはそれとして効果を発揮します。
その秘密が、バイオジェニックスという様々な成分にあります。
2-1.腸内環境を改善する3種類の食品
腸内環境を改善させる機能性食品は、プロバイオティクス、プレバイオティクス、バイオジェニックスの3種類に分類することができます。
・プロバイオティクス:
生菌として腸内フローラを介して機能するもの・・・発酵食品やプロバイオティクスサプリメントなど
・プレバイオティクス:
腸内フローラのエサとなり機能するもの・・・水溶性食物繊維・オリゴ糖・難消化性デンプンなど
・バイオジェニックス:
腸内フローラを介すことなく直接機能するもの
これまで、プロバイオティクスとプレバイオティクスは、WELLMETHODでも繰り返しお伝えしてきました。
プロバイオティクスとプレバイオティクスの人の健康への作用は、腸内細菌を活性化することで、腸内細菌を介して間接的に行われます。
バイオジェニックスは、これらと違い、腸内細菌を活性化することに加えて、直接的にも人間に働きかけることができます。間接作用と直接作用、両方あるのが、バイオジェニックスです。
2-2.バイオジェニックスの定義
バイオジェニックスとは、腸内細菌研究の大家である東京大学名誉教授・光岡知足先生によって提案された概念です。
例えば、乳酸菌自体が胃酸で分解されてしまっても、乳酸菌の体を構成していたペプチドは、体内に吸収されて免疫系や代謝系をサポートすることができます。
また、発酵食品には、有用菌が生み出した様々な成分が含まれており、それらが吸収されると体内で機能性を発揮します。
これらが、バイオジェニックスです。
バイオジェニックスとは、「有用菌自体の菌体成分や有用菌が生み出す様々な発酵性の代謝物のことで、腸内細菌を介することなく、直接的に体に作用することができる機能性成分」のことを意味します。
2-3.バイオジェニックスが発酵食品の健康の元
発酵食品は、体に良いというイメージがありますが、その発酵の元になった有用菌自体が体内で生きて何かをしてくれる訳ではありません。
有用菌がエサを食べて産生してくれる様々な代謝物、つまりバイオジェニックスこそが重要です。
発酵すると、元の食品よりも栄養成分が増え、ファイトケミカルなどの成分は活性を増します。これらのバイオジェニックス成分が増えることが、発酵食品を豊かにしています。
例えば、抗生物質として活用されるペニシリンは、青カビが生む代謝産物です。
発酵食品に含まれる有用菌、また腸内に暮らす常在細菌としての有用菌は、代謝物を通して、私たちの体に様々な良い働きをしてくれるのです。
2-4.バイオジェニックスの働き
バイオジェニックスは、食事を通して腸内から体内に取り入れられることで、様々な機能性を発揮します。
・免疫賦活作用
・コレステロール低下作用
・血圧降下作用
・整腸作用
・抗腫瘍作用
・活性酸素除去作用
など
体の機能をサポートすることで、様々な病気の予防や健康増進、老化制御に役立ちます。
2-5.バイオジェニックスの種類
バイオジェニックスには、「有用菌の菌体成分」と「有用菌の代謝物」が含まれます。
1.菌体成分
「菌体成分」とは、有用菌の体を構成している成分のことです。
菌の体は、糖とアミノ酸が結合したペプチドグリカンや多糖類、リン脂質、タンパク質(分解されるとペプチドになる)、核酸などから構成されます。
これらには、
・免疫調整作用
・感染防御作用
・コレステロール調整作用
など
確認されています。
さらに、菌体成分は、腸内に常在している有用菌のエサとして、腸内環境を改善する働きもあります。
2.有用菌の代謝物
「有用菌の代謝物」は、エサを食べた有用菌が排泄するフンのようなものですが、これが有用菌の機能性の源です。
腸内細菌が産生する代謝物は、「腸内代謝物」と言われます。
・有機酸・・・短鎖脂肪酸(酪酸・酢酸・プロピオン酸)、乳酸、リンゴ酸、クエン酸など
・代謝調整作用
・免疫調整作用
・生理活性物質・・・バクテオリシン・ロイテリシン・ラクトトリペプチド
・バクテオリシンやロイテリシン:抗菌作用
・ラクトトリペプチド:降圧作用
・γアミノ酪酸(GABA)
・血圧降下作用
・脳代謝促進作用
・ストレス抑制効果
・記憶学習促進作用
・共役リノール酸
・抗腫瘍効果
・脂質代謝改善効果
・アミノ酸
・ビタミン類
・ビフィズス菌類:ビタミンB1,B2,B6,B12,葉酸,ニコチン酸,ビオチン
・乳酸菌(ラクトコッカス・ラクティス):ビタミンK
・植物性ポリフェノール類
「あれ?ポリフェノールって、植物に含まれるのでは?」と疑問に思われるかも知れません。
植物に含まれるカテキンなどのポリフェノール類は有用菌によって発酵されることで構造や活性が変化します。
植物に含まれる機能性成分も、有用菌によってバイオジェニックス化することでより高い機能性を持つことがわかっています。
例えば、大豆に含まれるイソフラボンも、エクオール産生菌によって発酵することで、活性の高いエクオールに変化し、機能を発揮します。
3.発酵食品にはバイオジェニックスが豊富
元々の食品に含まれる栄養素よりも、その食品が有用菌によって発酵した方が栄養が豊富になります。
それは、有用菌がバイオジェニックスを生み出しているからです。
これは、有用菌による「錬金術」とも言われます。
発酵食品や発酵調味料を使って料理をする場合、火を入れるのはもったいないと思われるかも知れません。
でも、「生きて腸まで届く」まれなタイプの有用菌以外は、実はほとんどは胃酸で死滅しています。
火入れや胃酸で有用菌自体が死滅したとしても、その発酵食品に含まれるバイオジェニックスが働いてくれますから、十分に発酵の恵みを受け取ることができるという訳です。
火を入れたくないからと言って、冷たい食べ物ばかりを食べなくても良いのですね。
4.バイオジェニックスを応用した製品
バイオジェニックスは、サプリメントや歯磨き粉、化粧品など、様々なプロダクトに応用されています。
「乳酸菌生産物質」と書かれたサプリメントを見たことがあると思いますが、それは、乳酸菌が生成した様々なバイオジェニックスを含むという意味です。
女性をサポートすることで人気の「エクオール」のサプリメントは、エクオール産生菌がイソフラボンから生み出したバイオジェニックス・エクオールを含んでいます。
抗菌作用を発揮するバクテオリシンは、歯周病菌を抑えるための歯磨き粉やアクネ菌を抑えるための化粧品、また天然の防腐剤などとして利用されています。
実は、有用菌の恵みとして、私たちはすでにバイオジェニックスを体に取り入れ、応用しています。
有用菌の錬金術によって生まれたバイオジェニックスは、まさに、金にも匹敵するようなお宝です。
発酵食品は、人類の祖先である微生物を活用した人間の知恵。今後、その知恵を応用したバイオジェニックス系の製品の登場にも期待が高まります。
参照
※日本食品科学工学会誌 57(10), 446-446, 2010
※日本調理科学会誌 46(2),129~133,2013
この記事の執筆は 医師 桐村里紗先生

桐村 里紗
総合監修医
・内科医・認定産業医
・tenrai株式会社代表取締役医師
・東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 道徳感情数理工学講座 共同研究員
・日本内科学会・日本糖尿病学会・日本抗加齢医学会所属
愛媛大学医学部医学科卒。
皮膚科、糖尿病代謝内分泌科を経て、生活習慣病から在宅医療、分子整合栄養療法やバイオロジカル医療、常在細菌学などを用いた予防医療、女性外来まで幅広く診療経験を積む。
監修した企業での健康プロジェクトは、第1回健康科学ビジネスベストセレクションズ受賞(健康科学ビジネス推進機構)。
現在は、執筆、メディア、講演活動などでヘルスケア情報発信やプロダクト監修を行っている。
フジテレビ「ホンマでっか!?TV」には腸内環境評論家として出演。その他「とくダネ!」などメディア出演多数。
- 新刊『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)』
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著作・監修一覧
- ・新刊『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)
- ・『日本人はなぜ臭いと言われるのか~体臭と口臭の科学』(光文社新書)
- ・「美女のステージ」 (光文社・美人時間ブック)
- ・「30代からのシンプル・ダイエット」(マガジンハウス)
- ・「解抗免力」(講談社)
- ・「冷え性ガールのあたため毎日」(泰文堂)
ほか