あなたのストレス対応システム「HPA軸」は大丈夫?

皆様こんにちは。
医師で腸のスペシャリストの城谷昌彦です。

皆さんは「ストレス」と聞いてどんなストレスを思い浮かべますか。
仕事のストレスでしょうか。あるいは人間関係でしょうか。今の時期ですと、夏の猛暑をストレスと感じる人も多いのではないでしょうか。

現代社会はストレス社会とも呼ばれるようになり久しいですが、人類は誕生した時から様々なストレスに対してそれを乗り越えられるように適応してきました。つまり人類は進化の過程で様々なストレスへ対応するために優れたシステムを獲得したのです。

この最も大きな役割を果たすシステムのひとつが、「視床下部-下垂体-副腎軸(Hypothalamus – Pituitary – Adrenal Axis)」と呼ばれるストレス対応システムです。略して「HPA軸」とも呼ばれます。 

私たちが長期にわたるストレスに晒され続けると、このHPA軸がうまく機能しなくなりストレスに対応できなくなりますが、この状態がHPA軸機能不全(HPA axis dysfunction : HPA-D)です。

もし、あなたが日頃からなかなか疲れが取れなかったり、近頃仕事の効率が落ちたと感じていたり、感情が不安定になっていたりするならば、もしかしたらそれはHPA軸機能不全かもしれません。

今回は多くの現代人が抱えているHPA軸機能不全についてのお話しです。

1.HPA軸とは?

HPA機能不全 ストレスを感じる女性

HPA軸は、視床下部、下垂体、副腎からなるストレス対応システムの総称です。

私たちの祖先がアフリカのサバンナで直面した「急性」のストレッサー(ストレスの原因)に対して、迅速かつ効率的に対応するために獲得してきたシステムのひとつがHPA軸と考えられています。

しかしこのHPA軸は急性で短期間のストレッサーにはうまく対応できる優れたシステムなのですが、現代社会において私たちが直面することが多い「慢性」のストレッサーには残念ながらうまく対応できていないのです。

このHPA軸を構成する部位ごとの働きから解説しましょう。

1-1.視床下部

視床下部は重さ約10gで、脳の一番奥にあり、下垂体のすぐ上に位置する脳のとても重要な部位です。体温、食欲、睡眠、体の水分量や塩分量の調整をしています。最近の研究では近くの海馬と連携して記憶や意識の調整をしているとも言われています。視床下部の真下に位置する下垂体に作用し様々なホルモンの調整を行っています。

1-2.下垂体

下垂体は、鼻の奥、脳の底面中央にある脳の一部で、その名の通り脳から下に垂れている形状をしています。大きさ1~2cm、重さ約0.5gと小さいですが、様々なホルモンの分泌調節の中枢を担う重要な臓器です。

1-3.副腎

副腎は、腎臓の頭側に位置する重さ約5 g、厚さ1 cm、長さ5 cmの小さな臓器で、左右の腎臓の頭側にそれぞれ1個ずつ、合計2個存在します。構造上、皮質と髄質の大きく2つの部分に分かれます。皮質からは、アルドステロン、コルチゾール、副腎アンドロゲン(DHEA:デヒドロエピアンドロステンジオン)が分泌されています。髄質からはアドレナリンが主に分泌されます。

これら視床下部、下垂体、副腎は、内分泌器官、およびその他のシグナル伝達分子のネットワークであり、体のストレス反応システムとして機能しています。 つまり、私たちがストレスを感じると、視床下部からCRH(副腎皮質ホルモン放出ホルモン)が分泌され、このシグナルが下垂体に送られます。このシグナルを受け取った下垂体はACTH(副腎皮質刺激ホルモン)を分泌し、この刺激を受けた副腎でコルチゾールが分泌されます。

また同時に視床下部からは神経系を介して副腎髄質にシグナルが送られ、アドレナリンなどの神経伝達物質を放出します。過度なコルチゾールやアドレナリン放出が長期に続くとHPA軸機能不全を引き起こしてしまうことになります。

2.「副腎疲労」のネーミングはもう古い?

HPA機能不全 脳のシステム

これまでにも慢性的なストレスにより副腎皮質ホルモンの分泌不全が起こることは知られており、一部の機能性医学を実践する医師らから「副腎疲労」と呼ばれてきました。しかし、副腎が単独で疲労を起こし機能不全に陥ることはなく、この名前は病態を正確には反映していないことが分かってきました。むしろ副腎だけではなく、脳と連動したストレス対応システム全体の機能不全を意味する「HPA軸機能不全」というネーミングの方が、これからの時代には相応しいでしょう。

3.副腎以外のホルモンにも影響するHPA軸機能不全

私たちが継続的にストレッサーにさらされた場合、初期にはHPA軸が過剰に活性化することにより、コルチゾールと呼ばれるステロイドホルモンが過剰に分泌されます。この反応は、私たちの体における主要なストレス反応と考えられており、このコルチゾールがストレスを乗り切るために重要な役割を果たします。

しかし、時間の経過とともに、HPA軸機能も低下するため、コルチゾールのレベルが低下し、それに引き続き、主に副腎から分泌されるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)、女性ホルモンであるエストロゲンやプロゲステロン、男性ホルモンであるテストステロンなどの他のさまざまなホルモンレベルの低下を引き起こします。

4.HPA軸機能不全の症状

HPA軸機能不全ではそのステージにより、コルチゾールが過剰に分泌されている場合も枯渇している場合もあります。

4-1.下記の症状が続く場合はHPA軸機能不全の可能性を疑ってみましょう。

より詳しいHPA軸機能を評価するには、内分泌専門医や機能性医学(functional medicine)の専門家に相談するのが良いでしょう。

・疲労感
・抑うつ傾向
・パニック発作
・頭痛
・不眠症
・イライラ感
・アレルギー
・甘いものや塩辛いものへの依存
・易刺激性
・月経前症候群
・めまい
・神経質
・不安症状
・集中力低下
・記憶力低下
・血糖の乱高下
・慢性感染症
 など

HPA機能不全 ストレスを感じる女性

4-2.メンタルにも影響するHPA軸

HPA軸機能不全は私たちの気分や感情、認知機能に関連する「神経伝達物質」のレベルも変化させます。つまりエピネフリン、ノルエピネフリン、ドーパミンを含む神経伝達物質のクラスであるカテコールアミンを上昇させることがよくあります。

逆に、HPA軸機能不全は、体の主要な抑制性および鎮静性神経伝達物質であるガンマアミノ酪酸(GABA)を減少させたり、「幸せホルモン」とも呼ばれるセロトニンを低下させることで抑うつ傾向の原因となります。

このように、HPA軸機能不全によって引き起こされるホルモンと神経伝達物質レベルの変化が重なると、私たちのメンタルヘルスにも大きな影響を及ぼすのです。

5.HPA軸機能障害に打ち勝つための食事とは?

ストレスに勝つ食事 空の皿

では、いったんHPA軸機能不全を起こしてしまったらどうすれば良いのでしょうか?

HPA軸機能不全から回復し、健康を維持するために大切なことは、何よりストレスの多いライフスタイルを見直すことです。そして慢性感染症、腸内毒素症などの、HPA軸機能不全の根​​本的な原因に対処することも重要です。そのなかでも栄養療法はこのHPA軸機能不全に打ち勝つための強い味方になってくれます。

5-1.加工された精製食品を避ける

日頃の食生活が乱れている場合もHPA軸を介して慢性ストレスを増悪させます。加工食品の多い食生活は、ストレス反応を強めることが知られています。特にストレスのたまった人の場合は、その影響が大きくなるとされています。

砂糖や精製された小麦などのようにグリセミック指数(GI)の高い糖質を普段から習慣的に摂取していると、コルチゾールの分泌を増加させることが知られており、このコルチゾールの上昇がさらに慢性的なストレスと乱れた食生活を繰り返してしまう悪循環の原因となります。

5-2.無理なダイエットをやめる

無理なダイエット

特に若い女性たちの間では、必要以上に体重を減らそうと半ば強迫的にダイエットに取り組む人がいます。しかしそれは、HPA軸機能不全にとってはむしろ悪化させる原因となります。もしあなたが、HPA軸機能不全に苦しんでいるのであれば、カロリー制限(および低糖質食)などの制限食をやめ、炭水化物でも根菜類のように食物繊維が多く、ミネラルなどの栄養価の高い食品を意識して摂取する必要があります。実際、HPA軸機能不全がある場合、ダイエットをしようとしても体重が減りにくいだけでなく、むしろコルチゾールレベルの上昇により体脂肪が増えることがあります。

また、「痩せなければ」と強迫的になることはアドレナリン分泌を亢進させ、さらにHPA軸を疲弊させてしまう要因ともなります。
この場合は、HPA軸機能不全に詳しい栄養士などの専門家に相談するのが良いでしょう。

5-3.「糖質制限」には要注意。栄養が豊富な糖質は摂取しましょう

HPA軸機能不全の症状が深刻な場合は、糖質を極端に減らすのは避けた方が良いでしょう。ある研究によると、糖質制限やケトジェニック・ダイエットはコルチゾールを増加させることがわかっています。長期にわたり食事中の糖質を制限すると、コルチゾールは持続的に上昇し、HPA軸機能不全が引きこされる可能性があります。 

根菜類や芋類の食材は食物繊維が豊富な炭水化物ですが、これらには食物繊維以外にもミネラルが豊富に含まれています。このような栄養価の高い食材はHPA軸をサポートしてくれるので是非積極的に摂りたいものです。

5-4.腸内細菌叢をサポートする

最近の研究によると、HPA軸機能不全は腸内細菌叢に悪影響を及ぼします。さらに腸内細菌叢は、HPA軸だけでなく、腸-脳軸を介してストレス応答性に影響を与える可能性があります。 したがって、腸内細菌叢をサポートすることは、体が健康なHPA軸機能を回復するために重要です。

腸内細菌叢をサポートするためには、発酵食品をたくさん摂るようにしましょう。発酵食品には腸内細菌叢に有益な多様なプロバイオティクスや他の生理活性物質が豊富に含まれます。

発酵食品 味噌汁

たとえば、プロバイオティクスのなかには、HPA軸機能不全でしばしば枯渇するGABA(落ち着きとリラックスの特性を持つ神経伝達物質)を生成してくれる種もあります。 1日に少なくとも1食は発酵食品を摂取することをお勧めします。

5-5.十分な微量栄養素とフィトケミカルを摂取する

さまざまな微量栄養素やフィトケミカルが、体のストレス反応を調節してくれます。

1.ビタミンC

ビタミンCは、主に副腎内で強力な抗酸化物質として作用することにより、副腎機能において中心的な役割を果たします。 
ビタミンCが多い食材には次のものがあります。

・ブロッコリー
・芽キャベツ
・レモン
・オレンジ
・パパイヤ
・いちご
 など

2.オメガ3脂肪酸

オメガ3脂肪酸の欠乏は、唾液の夕方のコルチゾールの上昇にも関連しており、慢性炎症の悪循環やストレス反応の亢進を引き起こし、HPA軸の機能を乱れさせる可能性があります。

オメガ3脂肪酸を十分に摂取できると、慢性炎症が緩和され、不安定になりがちな心拍数を安定させることによって、より健康的で回復力(レジリエンス)のあるストレス反応をサポートしてくれます。心拍数を司る自律神経のバランスを知るには、心拍の変動を測定して自律神経の状態を評価するHRV(Heart Rate Variability)検査でのチェックが役立ちます。

3.マグネシウム

マグネシウム欠乏症は、不安神経症とHPA軸機能不全を増悪させることが知られています。 

体のストレス反応中に放出される神経伝達物質であるカテコールアミンが代謝する際にマグネシウムは捕因子として重要な働きをしますが、現代人の多くがマグネシウムが潜在的に不足しているとされています。マグネシウムを十分に補充することでHPA軸機能を正常化する可能性があります。

マグネシウムが豊富な食品は次のとおりです。

・色の濃い葉物野菜
・アーモンド
・カシューナッツ
・かぼちゃの種
・魚介類
・海塩(沖縄産のお塩)
・アボカド
・芽キャベツ
 など

マグネシウム ナッツ

4.ダークチョコレート

ダークチョコレートには、唾液のコルチゾール反応に有益な効果をもたらすフィトケミカルが含まれています。 少なくとも70%以上のカカオを含むチョコレートを選択し、カフェインに非常に敏感な場合は、夕方ではなく、一日の早い時間にそれを摂取しましょう。

5-6.マインドフルに食べる

マインドフルな食事 胸に手を当ててリラックスする女性

最近の研究によると、マインドフルに食べることはストレスによって引き起こされる食習慣の乱れを改善させ、コルチゾールの過剰分泌を減らし、HPA軸機能不全からの回復をサポートしてくれます。 

「マインドフルに食べる」とは、「今」、「ここ」に注意を払い、「食べる」際に起こるすべての感覚に注意を払い、好奇心を持って判断することなく、その時の感情的および肉体的な反応に気づくことと定義されています。

出来るかぎりゆったりと椅子に座って食事をします。
食事中は、テレビを見たり、スマホを見たりなどのように「ながら食べ」はやめておきましょう。
食べる前に体をリラックスさせるために数分待ってみましょう。そして次の質問を自身にしてみます。

・ここはどこですか?
・私の周りで何が起こっていますか?
・この瞬間、私の感覚はどうですか?
・私は本当にお腹が空いていますか?
・私は今、何を考えているのでしょうか?
・この食事を摂ると、どう感じるのでしょうか?

これらの簡単な習慣が身につくと、あなたの食事に対するあり方に大きな影響を与えます。
心が落ち着き、体とより調和していると、たとえ同じ栄養素をとっても、より効率的に栄養素が体に作用してくれるものなのです。

参考資料
Chris Kresser, “​​The HPA Axis Dysfunction Diet: How to Use Nutrition to Support a Balanced Stress Response”
https://chriskresser.com/hpa-axis-dysfunction-diet/

この記事の執筆は 医師 城谷 昌彦先生

【医師】城谷 昌彦
医師

城谷 昌彦

監修医

消化器病専門医・消化器内視鏡専門医・認定内科医・認定産業医
ルークス芦屋クリニック院長
腸内フローラ移植臨床研究会専務理事
NPOサイモントン療法協会理事
ヒュッゲ・ラボ株式会社代表取締役

主な所属学会

日本内科学会・日本消化器病学会・日本消化器内視鏡学会・日本抗加齢医学会・日本統合医
療学会・日本先制臨床医学会 など

東京医科歯科大学医学部卒業。
神戸大学病院内科、京都大学病院病理部、兵庫県立塚口病院(現・尼崎総合医療センター)消化器科医長、城谷医院院長などを経て、2016年ルークス芦屋クリニック開設。
消化器病専門医でありながら、自ら潰瘍性大腸炎発症によって大腸全摘術を経験。
西洋医学はもとより、東洋医学、心理学、分子栄養学、自然療法等の見地からも腸内環境を健全に保つことの大切さを改めて痛感し、腸内環境改善を柱とした根本治療を目指している。
2017年からは腸内フローラ移植(便移植)による治療を開始。腸内細菌が人体に及ぼす多大な機能改善力に着目し、潰瘍性大腸炎などの消化器疾患だけでなく、うつ、自閉症、自己免疫疾患、がんなど多岐にわたる疾患の治療を行なっている。

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著作・監修一覧

  • ・『腸内細菌が喜ぶ生き方』(海竜社)
  • ・『骨スープで楽々やせる!病気が治る!』(マキノ出版)
  • ・『専門医伝授「アミノ酸豊富!骨だしスープで腸内フローラを再生」』(WEB女性自身)