代替肉(フェイクミート)は健康・環境問題を解決するのか!?
皆さま、こんにちは。
医師で予防医療のスペシャリスト・桐村里紗です。
菜食主義者というと、「日本ではごく一部の凝り固まった主義を持った人」「修行僧のような生活を送っている人」という印象かも知れませんが、欧米では人口が拡大中でそれに伴って「ベジタリアン」「ヴィーガン」対応のレストランや専門店も増加中で、マーケットも拡大しています。
健康のためだけでなく、環境面や動物愛護の観点からも選択される菜食主義。
でも、やっぱり肉が忘れられない!という元々は肉好きの菜食主義者のニーズに答えて登場した代替肉が話題です。
今回は、ロサンゼルスでホットなヘルシーフード店などで、二大フェイクミートであるビヨンドバーガーとインポッシブルバーガーを食べてみて、味や満足度、健康、エコなどの観点から考えてみたいと思います。
1.植物性代替肉は確かに「肉」っぽい
1-1.血っぽい液の滴るパティ「インポッシブルバーガー」
シリコンバレー・サンノゼのベジタリアン対応レストラン『THE FARMERS UNION』で食したのは、「インポッシブルバーガー」。
バンズに赤い血を含む肉汁のようなものが染み込むレアな焼き加減に、何も聞かずに食べたら完全に騙されることは間違いありません。
本物のシズル感には劣るものの、視覚も味覚もあたかも牛肉を食べたような錯覚に陥ります。
1-2.テクノロジーが可能にする代替肉の再現
ビル・ゲイツらから840億円もの金額を調達して話題を集めているインポッシブル・フーズ社。2011年に、スタンフォード大学のパトリック・ブラウン教授によって創業され、科学の粋をを集めて作り出した最新テックなベジタリアンミートです。その売りは、この肉の「赤さ」。
いわゆる牛肉の赤みと独特の味わいは、血液や筋肉の中に含まれる色素成分「ヘム」によってもたらされるものですが、インポッシブルバーガーは、大豆由来の「ヘム」でそれを再現したのです。
大豆のヘム鉄生成遺伝子を酵母に挿入した遺伝子組み換え酵母の発酵によって、ヘムを大量に生成することを可能にしたとのこと。
さらに、牛肉の複雑な風味を作る元である様々な化合物を解析し、視覚だけでなく、風味を作る味覚と嗅覚をも騙します。
全米では、バーガーキングなど多くの店舗がインポッシブルバーガーを提供しており、FIND THE IMPOSSIBLEでは、近隣の店舗を簡単に探すことができます。
1-3.種類の豊富さが売りの「ビヨンドミート」
インポッシブル・フーズ社に先駆けてフェイクミート市場を開拓した第一人者的な企業と言えば、NASDAQ上場を果たしたことでも話題のビヨンドミート社です。こちらの売りは、バーガー用のパティだけでなく、ソーセージ、チキン、ポークなど、様々な種類を揃えているところ。
インポッシブルバーガーのように遺伝子組み換え食品という訳ではなく、ナチュラルな原材料にこだわりを持っています。
アメリカのサブウェイなどのチェーン店でも食べられる他、Whole Foods Marketなどのスーパーマーケットでも購入可能で、家庭料理にも使うことができます。
ロサンゼルスで人気の100%ベジタリアン対応ヘルシーフード店『Veggi Grill』で、ビヨンドミートを食べてみました。
選んだメニューは、
・ビヨンドソーセージを使ったズッキーニパスタ(上写真)
・ビヨンドバーガー(表題写真)
ビヨンドバーガーは、小麦粉を使ったバンズをケールかレタスに変更が可能。また、フライドポテトは、ブロッコリーに変更可能。全て変更したら、パティの乗ったサラダプレートのようになりました。
しかし、こちらの赤みはビーツで色付けされたもの。「ヘム」を使っていない為に、ジューシーな牛肉っぽさは一切なし。しっかり焼くとパサつきも強めで、味の軍配は、インポッシブル・バーガーにありといったところです。
ただし、豆の形が残り弾力がある食感のため、こちらの方が食べ応えがあり美味しいというビヨンド推しもいるようですし、「遺伝子組み換え食品を避けたい」というニーズにも答えているのはこちらです。
いわゆる一般的な大豆ハンバーグなどよりは、よほど肉っぽいのは確かです。
ビヨンド・ミートは利益の10%を設備投資・開発費用に当てるほど商品の向上に熱心で、日夜改良が重ねられているようです。日本上陸時にはかなり改良されていると期待したいところです。
2.植物性代替肉は本当に健康か!?
ヘルシーっぽいイメージのフェイクミートですが、果たして、毎日食べて健康的と言えるでしょうか。
2-1.気になるカロリーや原材料は?
2-1-1.インポッシブルバーガー
1食0.25ポンド(113g)あたり
・カロリー:240kcal
・タンパク質:19g(コレステロールはゼロ)
・脂質:14g
・炭水化物:9g
主成分は、大豆プロテインと少量のポテトプロテイン。
油は、ココナッツオイル、ひまわりオイル。
その他、自然由来の香料、メチルセルロース、酵母エキス、フードスターチ、塩
ビタミンB群やカルシウム、亜鉛、鉄などのミネラルも強化されています。
因みに、グルテンフリーであり小麦はつなぎに使われていません。
2-1-2.ビヨンドバーガー
1食0.25ポンド(113kg) あたり
・カロリー:250kcal
・タンパク質:20g
・脂肪:18g(コレステロールはゼロ)
・炭水化物:3g
こちらは、大豆を使っておらず、「ソイフリー」。
主成分は、えんどう豆プロテインとライスプロテイン、緑豆プロテイン。
油は、キャノーラオイル、ココナッツオイル、ココアバター。
天然香料、ポテトスターチ、りんご抽出液、塩、塩化カリウム、酢、レモン濃縮果汁、ひまわりレシチン、ざくろパウダー、ビーツジュース抽出液。
ビタミンミネラル類は敢えて添加はされていません。
こちらも、グルテンフリーです。
2-2.「植物性」は必ずしも健康とは限らない
「植物性」というキーワードは、何やらヘルシーなイメージがありますし、もちろん野菜を日々しっかり食べることはとても大切な健康習慣であるには間違いありません。
特に、フェイクミートは、牛肉と比べると現代人に不足している食物繊維が摂れるということはメリットです。
ただし、必ずしも植物性だからといってヘルシーとは限りません。同時に、肉食が必ずしも不健康とは限りません。
フェイクミートを健康面から考えるといくつかの疑問があります。
1. 加工肉を毎日食べるよりはベター?
2. 使われている油は健康的と言える?
3. 遺伝子組み換えによる植物性のヘムは安全か?
2-3.加工肉を毎日食べるよりはベター?
健康面への配慮として、フェイクミートを加工肉の代わりに食べる人達の考えとして、「赤身肉を避けたい」という思いがあります。
一般的に家畜として育てられる牛肉は、抗生剤やホルモン剤の使用とそれらの残留が懸念されるという指摘があります。
WHOは、ソーセージやハム、ベーコンなど一般的な赤身の加工肉について「発がん性がある」と指摘していますし(※)、HIHも日常的な赤身肉の摂取と心筋梗塞の関係について報告しています(※)。
この点から考えると、タンパク質を赤身加工肉の代わりに植物由来のものにスイッチするのはベターかも知れません。
2-4.使われている油は健康的と言える?
使用されている油についてはどうでしょう。
牛は、本来、牧草をはむ動物ですが、穀物系の飼料を与えられることで、脂身の脂肪酸組成が変化して、人が食べることで炎症を引き起こしやすいオメガ6系脂肪酸を含みやすくなります。
それをさらにパティやソーセージのような加工肉にする際には、加工油脂などを含めて様々な成分が添加され、脂肪酸組成がより炎症を引き起こす方向に変化してしまいます。
以前の記事でもお話ししたように、人が必ず食事から摂取すべき必須脂肪酸であるオメガ3系脂肪酸とオメガ6系脂肪酸は、植物性の油に含まれています。
理想的には、オメガ3:オメガ6=1:2〜1:4程度の比率が推奨されていますが、食事の偏った現代人は、1:10〜1:30程度のバランスとも言われています。
そのため、オメガ6系脂肪酸を多く含む食品はなるべく控えたいものになります。
ビヨンドバーガーに使われているオイルは、キャノーラ、ココナッツ、ココアバターなので、植物性の油に含まれる脂肪酸の中でも炎症を起こす(できるだけ避けたい)オメガ6系脂肪酸は少ないものが選択されています。
一方で、インポッシブルバーガーについては、ひまわりオイルが使われています。こちらはオメガ6系脂肪酸が多い油になりますので、油という観点からは、必ずしも「毎日食べて健康的」という訳ではなさそうです。
2-5.遺伝子組み換えによる植物性のヘムは安全か?
食の安全性の観点から「遺伝子組み換え食品」を避けようという動きがある一方で、インポッシブルバーガーは、遺伝子組み換え技術を応用することで牛肉の「ヘム」を再現して美味しさを作っているものです。
ナチュラルとは対局のテクノロジーを応用した次世代の工業的食品です。
インポッシブル・フーズは、牛肉に含まれる「ヘム」と遺伝子組み換えの技術によって酵母から作り出した「ヘム」は、構造的に似ているために安全であり、酵母が作り出すそのほかのタンパク質についても同時に安全を確認していると発表しています。
ただし、アメリカで食品の安全性を扱う食品医薬品局(FDA)は、「安全でない」とも言っていないものの、安全性に対して明確な立証はされていないと考えているようです。
こうした、新しいテクノロジーを応用した次世代の食品については、今後も議論の的となりそうです。
健康面においては、原材料や安全性の担保などを総合的に考えると、現状はビヨンドミート社を推したいと思います。
3.代替肉は地球を救うのか?
ビヨンドミート社を創業したイーサン・ブラウンの創業の想いは、人の健康面というよりも、むしろ世界の深刻な環境問題に対する意識からでした。
3-1.環境面から菜食主義を貫く人たち
彼は、ベジタリアンの中でも、乳製品や卵など動物性の食品は一切食べないヴィーガンですが、「エンバイロンメンタル・ヴィーガン」と呼ばれる環境保全を目的としたヴィーガンです。
自分の健康を気遣うためにヴィーガンを実践する人たちを「ダイエタリー・ヴィーガン」、動物保護を目的としてヴィーガンを実践する人たちを「エシカル・ヴィーガン」と分類します。
フェイクミートを食べる人たちは、元々は「お肉が好き!」という人たちです。好きな肉をやめてまでフェイクミートを食べる目的としては、どちらかというと環境面への配慮が多いそうです。
3-2.持続不可能な肉食
私たちは、毎日当たり前に肉食をしていますが、肉食によって起こる環境への負担を考えながら食べることはありません。
今、世界のキーワードは「持続可能性」ですが、実は、毎日の肉食こそが、未来には持続不可能な習慣だとしたら?
家畜を育てる為に膨大なエネルギーや食糧が消費され、その環境負担は排気ガスよりも大きいと言われています。
環境問題の一つに、アマゾンの森林破壊、生物多様性の崩壊がありますが、WWFによると、実は、アマゾンの森林破壊の80%は、牛の放牧が原因とされています。牧草地は火災のリスクを高め、水の中の生き物の生態系を壊し、土壌を侵食し、河川の汚染の原因にもなっています(※)。
3-3.代替肉は温室効果ガスを90%削減
ビヨンドミート社の創業者イーサン・ブラウン氏がミシガン大学と共同研究したところによると、一般的なバーガーを作るのと比較して、ビヨンドバーガーを作る場合には、生産過程で発生する温室効果ガスを90%も削減する上に、それを生産するのに使われる土地は、93%も狭い面積で済むとのこと(※)。
フェイクミートを食べたことから、随分と深掘りしてしまいました。
人生100年から160年にもなるとも言われるこの時代。
健康とは、人と地球全てが持続可能であるということに他ならないのではないかと思います。人間だけの健康をいかに改善しても、私たちが暮らす地球が破壊されてしまったら、健康寿命どころではなくなります。
毎日肉食が出来る日常は、未来に向けて持続可能ではなさそうです。
全てを代替肉という訳でなくても、週何日かを置き換えるという選択でも、環境問題に貢献することはできるかも知れません。
この問題は、深過ぎて話が尽きませんが、ぜひ、毎日の食事やスーパーマーケットの買い物の際に考えるきっかけになれば幸いです。
この記事の執筆は 医師 桐村里紗先生

桐村 里紗
総合監修医
・内科医・認定産業医
・tenrai株式会社代表取締役医師
・東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 道徳感情数理工学講座 共同研究員
・日本内科学会・日本糖尿病学会・日本抗加齢医学会所属
愛媛大学医学部医学科卒。
皮膚科、糖尿病代謝内分泌科を経て、生活習慣病から在宅医療、分子整合栄養療法やバイオロジカル医療、常在細菌学などを用いた予防医療、女性外来まで幅広く診療経験を積む。
監修した企業での健康プロジェクトは、第1回健康科学ビジネスベストセレクションズ受賞(健康科学ビジネス推進機構)。
現在は、執筆、メディア、講演活動などでヘルスケア情報発信やプロダクト監修を行っている。
フジテレビ「ホンマでっか!?TV」には腸内環境評論家として出演。その他「とくダネ!」などメディア出演多数。
- 新刊『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)』
- tenrai株式会社
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著作・監修一覧
- ・新刊『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)
- ・『日本人はなぜ臭いと言われるのか~体臭と口臭の科学』(光文社新書)
- ・「美女のステージ」 (光文社・美人時間ブック)
- ・「30代からのシンプル・ダイエット」(マガジンハウス)
- ・「解抗免力」(講談社)
- ・「冷え性ガールのあたため毎日」(泰文堂)
ほか