今注目の「機能性医学」に学ぶ 「腸内環境が乱れる原因」と「腸の自然な癒し方」
皆さま、こんにちは。医師で腸のスペシャリストの城谷昌彦です。
皆さんは「機能性医学」という言葉をご存知でしょうか?
機能性医学(Functional Medicine)とは、1990年にアメリカのジェフリー・ブランド(Jeffrey Bland)博士によって提唱された「最先端科学と医学を融合した、生活習慣病や慢性病の治療法」のことです。
一般的に慢性病は医者から処方された薬を飲み続けてもなかなか治りません。その結果ドクターショッピング(多数の病院、さまざまな科、主治医を転々と変えること)をし、時間もお金も使うことになります。しかし、「対症療法」でなく、その症状が出ている原因に目を向けて診断すると、その患者が良くない生活習慣を持っていたり、病気を引き起こしやすい生活環境にいることがわかります。
機能性医学は、これらの生活習慣病や慢性病に対しできるだけ治療薬に頼ることなく、発症原因に着目して予防と根本治療を目指す、十人十色の個体差を考慮した医学と言えます。
近年様々な疾患に腸内環境の乱れが関係していることに注目が集まっていますが、今回は、機能性医学から見た「腸内環境が乱れる原因」と「腸の自然な癒し方」についてのお話です。
(参照元:株式会社機能性医学研究所HP https://ifmj.jp/about)
1.「すべての病気は腸から始まる。」 ―ヒポクラテス
医学の父と言われるヒポクラテスがこの発言をしたのは2000年以上も前のことです。長い時を経て、科学のめざましい進歩により、彼の言葉がいかに正しかったかが証明されるようになってきました。
1-1.なぜ腸が健康の要なのか?
胃腸の健康は全身の健康にとっても重要であり、不健康な胃腸は、糖尿病、肥満、自閉症、うつ病、不安などの様々な慢性疾患の原因となります。機能性医学を実践する医師や治療家たちは、胃腸の健康をサポートし、低下した腸管バリアの機能を回復させることが、これからの医療にとってとても重要なアプローチになると考えています。
皮膚やメンタルの不調、あるいは肥満や疲労症状など慢性的な不調を持っている人の多くは、胃腸にも問題のあるケースが少なくありません。胃腸にトラブルがあると便秘、下痢、腹部膨満、ガスなど、明らかな胃腸の症状に悩んでいる人がいる一方で、血糖値の調節不全やメンタルの問題など、胃腸の症状以外の症状を示す人もいます。胃腸の健康は全身の健康にも影響を与えるため、どんな症状をケアするにおいても胃腸のケアも併せて行うことが重要なのです。
胃腸が全身の健康に影響を与えるという考えは、多くの方にとってまだ馴染みのある考えではないかもしれません。しかし近年の科学のめざましい進歩がそれを証明しつつあります。
1-2.あなたはあなたではない??
私たちの腸には、細菌などの微生物が約100兆個以上生息し、顕微鏡で観察するとあたかも「お花畑(フローラ)」のように見えることから腸内フローラとも呼ばれています。 腸内フローラを形成する微生物全体では、ヒトの遺伝子の約150倍もの遺伝子を持っており、私たちの思考や直感にも影響を与えています。つまり、あなたが自分自身と思っている「あなた」は、実はあなたではないのかもしれません。
この腸内フローラは、私たちの単なる同居人ではありません。それどころか腸内フローラは、腸の蠕動運動を促進させ、病原菌の感染から防御し、ビタミンを生成し、腸の粘液層を維持するなどのように、私たちの健康に大きな影響を及ぼしているのです。
1-3.腸内フローラを乱す原因は?
現代のライフスタイルには、腸内フローラを乱す多くの要因があります。次に示す要因に常日頃より晒されることで、腸内フローラはダメージを受けていきます。
1.炎症を引き起こす加工食品
標準的なアメリカの食事(Standard American Diet : SAD)には、精製された炭水化物や工業用のシードオイル(種子油)など、炎症をひきおこす加工食品がよく使われており、これは腸内フローラを乱す危険因子だということがわかっています。
また、ヒトではまだ未確認なるも、乳化剤を繰り返し摂取したマウスでは腸内細菌のバランスの乱れがあり、慢性炎症を引き起こす可能性が示唆されています。
戦後の日本人の食事にも、アメリカの家庭がそうであるように加工食品が溢れるようになり、急激な欧米化が進みました。このような食事は腸内フローラの多様性を減らし、腸の炎症を誘発し、さらにはリーキーガット(腸漏れ)と呼ばれる腸のバリア機能の低下を起こし、それによって全身への悪影響を及ぼすことになります。
2.食物繊維の摂取不足
私たちの腸内フローラは、食物繊維を発酵させて短鎖脂肪酸などのように私たちにとって有益な生理活性物質を産生します。
もともと日本人は日常的に多くの食物繊維を摂取する民族でしたが、戦後急速に食の西洋化が進み、食物繊維の摂取量が激減しています。食物繊維の不足は、腸内フローラが活性化するための栄養源を奪うこととなり、私たちにとって有益な細菌の減少につながります。
3.微量元素の欠乏
現代人に「栄養失調」は存在しないと考えられがちですが、様々な要因により現代人にもミネラルやビタミンが不足し、慢性的な不調を訴える方が増えています。
特に様々な酵素の働きを助ける「亜鉛」の不足は、慢性的な不調の原因としてよく知られるようになりました。亜鉛の欠乏は腸内フローラのバランスを乱すことが確認されていますが、さらに腸内フローラが乱れていると、短鎖脂肪酸の産生が低下し、結果として亜鉛などのミネラルの吸収率が低下します。つまり、一旦亜鉛が不足すると腸内フローラがどんどん乱れていくという負のスパイラルが起こる可能性があります。
現代人の亜鉛不足の要因として、若い世代でのファーストフードへの依存のほか、中高年では降圧剤や利尿剤などの薬剤が持つキレート作用が亜鉛の吸収を阻害することが挙げられます。
4.糖質の過剰摂取または過度な糖質制限
私たちの体にとって糖質はエネルギー源として重要ですが、炭水化物の精製技術が飛躍的に進化したことで、砂糖や小麦のように精製された糖質が簡単に手に入るようになりました。これらの精製された糖質を習慣的に摂取していると、カンジダのように糖質を餌とする真菌が腸内で異常増殖するようになります。カンジダが増えすぎると、腸内フローラを乱す原因となり様々な不調の原因となります。
また、一時のブームは落ち着いたものの、「糖質制限」を実践する人は今も多くいます。もともと糖質を摂りすぎて不調をきたしている人にとって糖質制限は効果的ですが、一部の人にとって厳格な糖質制限は、腸内フローラを却って乱す要因となるために私はあまりお勧めしていません。
5.ストレス
慢性的な心理的ストレスは腸内フローラに変化をきたします。一般的にストレスが多くの慢性的な健康問題に関与することが知られて来ましたが、この腸内フローラの乱れが全身の健康問題を引き起こす重要なメカニズムの1つであると考えられています。
6.慢性感染症
病原性を持つ細菌や真菌、およびウイルスは、腸内フローラのバランスに変化をきたします。 機能性医学を実践する医師や治療家が活用している便検査や尿検査では、病原性微生物による腸管感染症の状態を評価することが可能です。
7.抗生物質およびその他の医薬品
ある研究によると、抗生物質と、経口避妊薬、プロトンポンプ阻害剤(胃酸抑制剤)、非ステロイド製解熱鎮痛剤などの薬剤は、腸内フローラのバランスを大きく変化させます。 抗生物質の頻回摂取の使用は、腸内フローラを乱れさせる重要な危険因子です。
8.帝王切開と人工乳による育児
経膣分娩では、赤ちゃんは産道を通過する際に母親から有益な細菌をもらいます。適切な腸内フローラが健全な発達にとっては必要不可欠であることが知られています。一方、帝王切開で生まれた赤ちゃんは、帝王切開の術中や術直後に触れた人(母親や医療従事者)の皮膚に存在する細菌をもらうことになります。新生児が母親の有益な膣内細菌に触れる機会がないと、乳児期および小児期の腸内フローラの組成を変化させ、将来的に肥満などの様々な健康問題を引き起こす可能性が示唆されています。母乳の中には、プロバイオティクス、プレバイオティクス、免疫グロブリンが豊富であり、これらを乳児が摂取することで健康な腸内フローラを獲得することになります。 一方人工乳は母乳には含まれる多くの栄養素が不足しており、腸内フローラの乱れとの関連があるとされています。
9.概日リズムの乱れ
「概日リズム」とは私たちに備わった「体内時計」のことですが、この概日リズムの乱れは、夜更かしなどの睡眠習慣の乱れや夜間のブルーライトの使用によって引き起こされることが知られています。概日リズムの乱れは、腸内フローラの乱れを引き起こし、腸のバリア機能の低下を誘発します。
2.腸管バリア機能低下が私たちの健康に及ぼす影響について
消化管は、口から肛門まで伸びる管状の臓器ですが、ここで消化されないものはすべて体外へと排出されます。腸上皮細胞とタンパク質で構成される腸管バリアは、有害物質が腸から血流に流れ込むことを防いでいます。腸管バリアが障害されると、大きな分子のタンパク質や菌体成分などの有害物質が腸から血液に流れ込みますが、この現象を「リーキーガット(腸漏れ)」と呼びます。
腸から血流への不適切な物質が流れ込むと、免疫反応が起こり、その結果、炎症反応が引き起こされます。このような機序でリーキーガットに起因する慢性炎症は、多くの慢性的な不調の根本原因となりえるのです。
2-1.リーキーガットの原因として注目される「ゾヌリン」とは?
ある研究では、「ゾヌリン」と呼ばれるタンパク質がリーキーガットを発症させる主要な原因の一つであることが明らかにされました。
ゾヌリンは、腸上皮細胞から分泌され、上皮細胞間の「タイトジャンクション」と呼ばれる構造物に作用し、細胞同士の密着性を緩めます。その結果、元来バリア機能を果たしている腸上皮細胞の間から様々な異物が侵入することになります。この状態は腸の透過性が高まった状態と言えますが、この状態こそが「リーキーガット」です。近年リーキーガットは自己免疫疾患などの健康へ悪影響を及ぼす原因として注目されるようになって来ました。
小麦に含まれるタンパク質であるグルテンは、さらに細かく分解するとグリアジンという成分で構成されています。このグリアジンが、腸上皮細胞でのゾヌリンの産生を過剰に増やすことにより、リーキーガットを助長させることがわかっています。このような理由から習慣的にグルテンを摂取することは、腸の透過性を高めてしまうことになりますので注意が必要です。
2-2.リーキーガットが及ぼす様々な影響とは?
腸に関連する症状がなくても、リーキーガット(腸漏れ)がある可能性があります。ある研究によると、湿疹、自己免疫疾患、肥満、その他多くの慢性的な不調として現れることがあります。
例えばリーキーガットを治療せずに放置すると、血糖コントロールや認知機能、慢性湿疹などを根本的に改善させることが難しくなります。だからこそ、腸管のバリア機能を回復させることが非常に重要です。
3.腸を自然に癒す9つの方法
腸を治癒するための最初のステップは、先述のように腸内細菌叢と腸バリアに悪影響のある要因を回避することです。
もちろん全ての要因を全て取り除けるとは限りませんが、それでも腸内環境を改善する方法はたくさんあります。
3-1.炎症を招く加工食品を除去
加工食品を極力減らし、できるだけオーガニックや自然農法による食材を選び、栄養豊富な食事への移行を試みます。グルテンや乳製品など、炎症を引き起こしている食品を特定して取り除きます。炎症性食品は、IgG型食物過敏症検査(遅延型食物アレルギー検査)または除去食による反応が参考になります。
また、習慣的に精製された糖質を摂取することや、ジュースのように果物の果糖が濃縮されている状態で繰り返し摂取することは、腸管の炎症を促進する要因となりますので、極力避けることが望ましいでしょう。
3-2.炎症を抑える油の摂取
亜麻仁油やえごま油、青魚に含まれるEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)などのオメガ3系脂肪酸は必須脂肪酸の一種ですが、安価な植物性油脂の普及に伴い、現代人ではその摂取量が極端に少なくなっています。EPAやDHAは抗炎症作用を持つことから、リーキーガットのように腸の慢性炎症がある場合には、しっかりオメガ3系脂肪酸を摂取することで腸のみならず全身の炎症を改善させることが期待できます。
3-3.発酵しやすい食物繊維(プレバイオティオクス)を摂取
タマネギ、ニンニク、オオバコ、豆類などの食品に含まれる発酵性繊維をたくさん食べましょう。これらの繊維は、有益な腸内細菌の増殖を促進し、リーキーガットを癒すのに役立ちます。
3-4.発酵食品(プロバイオティクス)を摂取
発酵食品は、健康な腸内細菌叢と腸管バリアを回復するのに役立つプロバイオティクスが豊富です。味噌、ぬか漬け、キムチ、コンブチャ、ヨーグルト、ケフィア、低温殺菌されていないザワークラウトなどは、腸内細菌の乱れを回復するのに役立ちます。ただし、一部の人には発酵食品が症状を悪化させる可能性があるため、発酵食品の摂取量を増やす際には、小腸内細菌異常増殖(SIBO)やヒスタミン不耐性がないか注意を要します。
3-5.水分をしっかり摂取する
腸内細菌が私たちの食べたものを餌として代謝する際に多くの「水」が利用されます。ですから普段から十分な水を摂取することが腸内フローラを整えるためにも重要です。ここで注意を要するのは「水分」として例えばコーヒーやお茶、アルコールなどを摂取する人がいますが、これらは直接腸内フローラが活用することはできません。あくまでもミネラルウォーターのように「水」が腸内細菌に活用されるため、普段から十分量の水や白湯をとるようにしましょう
3-6.腸内の病原性微生物の治療
病原性微生物による腸管感染症は、腸内毒素症(腸内フローラの乱れ:dysbiosis)やリーキーガットの主要な原因となります。機能性医学を実践する医師や治療家に相談すれば、腸内環境を評価するための様々な検査を提案してくれるでしょう。腸内毒素症を引き起こす特定の細菌、真菌、または寄生虫の不均衡を特定することができます。
3-7.質の高い睡眠習慣
腸の健康をサポートするためには、夜間に7~8時間の睡眠をとることが望ましいとされています。睡眠不足は交感神経の緊張を招き、これが続くと腸内フローラの乱れを引き起こします。安定した睡眠習慣を身につけることや、就寝前のブルーライトへの使用を避けたりするなど、睡眠の質を高めるための工夫をお勧めします。
3-8.定期的な運動習慣
継続できる適度な運動を実践することは腸内細菌にも良い影響を与えることが知られています。しかし、長距離走者のように身体にとって酸化ストレスを多く発生させる運動を繰り返す行うことは、特に中年期以降には腸の透過性を高めてしまう可能性があります。このような場合には酸化ストレスを軽減させるような追加の腸に対するケアが必要になる場合があります。 週1-2回の高強度インターバルトレーニング(High Intensity Interval Training : HIIT)はミトコンドリア機能を高め、アンチエイジング効果もあることが証明されています。
3-9.ストレスマネジメント
ヨガや瞑想などのストレス軽減の習慣を日常生活の一部にします。 最近では、心拍間隔の変動を測定することでストレス度を簡易に測定してくれたり、瞑想を誘導してくれるアプリも開発されているので、これらを活用するのもいいでしょう。
参考資料
Chris Kresser, “9 Steps to Perfect Health: How to Heal Your Gut Naturally.”
株式会社機能性医学研究所HP
この記事の執筆は 医師 城谷 昌彦先生

城谷 昌彦
監修医
消化器病専門医・消化器内視鏡専門医・認定内科医・認定産業医
ルークス芦屋クリニック院長
腸内フローラ移植臨床研究会専務理事
NPOサイモントン療法協会理事
ヒュッゲ・ラボ株式会社代表取締役
主な所属学会
日本内科学会・日本消化器病学会・日本消化器内視鏡学会・日本抗加齢医学会・日本統合医
療学会・日本先制臨床医学会 など
東京医科歯科大学医学部卒業。
神戸大学病院内科、京都大学病院病理部、兵庫県立塚口病院(現・尼崎総合医療センター)消化器科医長、城谷医院院長などを経て、2016年ルークス芦屋クリニック開設。
消化器病専門医でありながら、自ら潰瘍性大腸炎発症によって大腸全摘術を経験。
西洋医学はもとより、東洋医学、心理学、分子栄養学、自然療法等の見地からも腸内環境を健全に保つことの大切さを改めて痛感し、腸内環境改善を柱とした根本治療を目指している。
2017年からは腸内フローラ移植(便移植)による治療を開始。腸内細菌が人体に及ぼす多大な機能改善力に着目し、潰瘍性大腸炎などの消化器疾患だけでなく、うつ、自閉症、自己免疫疾患、がんなど多岐にわたる疾患の治療を行なっている。
- ルークス芦屋クリニックHP
https://lukesashiya.com - 城谷 昌彦の記事一覧
- facebook
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著作・監修一覧
- ・『腸内細菌が喜ぶ生き方』(海竜社)
- ・『骨スープで楽々やせる!病気が治る!』(マキノ出版)
- ・『専門医伝授「アミノ酸豊富!骨だしスープで腸内フローラを再生」』(WEB女性自身)