皆さま、こんにちは。
医師で予防スペシャリストの桐村里紗です。

新著『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』(光文社新書) がご好評をいただいております。自分の腸内の土である腸内フローラについて詳しく知り、さらに、人と地球を一体としたプラネタリーヘルスを実現するヒントになれば幸いです。

『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』

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さて、先日は、腸内フローラ移植臨床研究会第5回学術大会でした。
WELLMETHODの監修医・ルークス芦屋クリニックの城谷昌彦先生が理事を務めておられます。

「腸内フローラ移植」つまり、「便移植」は、多くの人には縁遠い治療だと思います。
移植に至るまでに様々なプロセスを踏み、それでもどうにもならないケースがあります。

人にとっての一番身近な環境が、腸内環境ですが、生来生着したものがアンバランスだったり、後天的に乱れに乱れてしまうと、どんなに食事やライフスタイルを整えても、どうしようもなかったりします。
そして、心も引きずられてしまうし、ネットワーク形成している全身に影響が出ることになります。

そして、自分の免疫が、共生を許しているのが、一人ひとりの腸内細菌です。
ですから、それ以外の他人の腸内細菌を単純に移植しようと思っても、通常は、生着しません。
だから、生着率も低いし、「便を移植する」というイメージから、一般にキワモノ治療とも思われがちです。

実際には、大学や各国の研究機関や病院などで様々な方法がとられており、それぞれの方法によって成果は様々です。

なんとか生着率をあげ、成果をあげようという熱心な努力によって、新しい方法が臨床研究・開発されています。

1.腸内フローラ移植の現状と実際

腸内フローラ移植 女性のお腹

私たちの腹の中に暮らす、腸内フローラ、腸内細菌叢(そう)は、私たち、人を支える最も身近な環境であり、私たちの健康を支える土です。

その土が腐敗すると、人も根腐れして、心身の健康がアンバランスになります。

腸内細菌と腸と脳は、MBG軸というネットワークを形成して双方向に連携していますし、もっと言えば、全身がネットワークとして、毎瞬間コミュニケーションを取り合っています。

腸内細菌が乱れると、このネットワークが乱れ、全身に影響が出てしまいます。

2.腸内細菌の役割

人の細胞の数よりも多い腸内細菌は、人にはできない機能を持ち、人が生命を維持することをサポートしています。
その代わり、腸内細菌は、人の腸内に安全な寝床をもらっています。
人と腸内細菌は、共生関係にあります。

1.エネルギーの産生:短鎖脂肪酸・エタノール・ガス
2.腸の蠕動運動・消化吸収の促進
3.物質代謝の調整
 胆汁酸
 コレステロール
 ステロイド
 尿素・アンモニア
 薬物の活性化
 毒素の不活化
 毒性代謝物の産生
4.感染の防御
5.免疫の賦活化
6.発がんへの関与(促進・抑制)

中には、毒素の生成や発がんの促進など、人にとって害を与える働きもありますが、腸内全体の環境が整い、発酵を起こすバランスになっていれば、通常は悪さはしません。
腸内環境全体が乱れてしまい、腐敗を起こすバランスになると、毒素や毒ガスを生成し、炎症を起こし、人の心身に害を与えます。

3.腸内フローラの乱れと関連する心身の疾患

腸内フローラ

腸内細菌の種類が減り、多様性が失われ、ビフィズス菌や酪酸菌などの有用な発酵菌が減り、病原性を発揮する腐敗を引き起こす菌種が増えることを「ディスバイオーシス」といいます。

腸内環境の治安が悪化することを意味します。

関連する疾患には、次のようなものがあります。

・生活習慣病(肥満、動脈硬化、2型糖尿病など)
・アレルギー性疾患(アトピー性皮膚炎、気管支喘息、花粉症など)
・自己免疫疾患(1型糖尿病、多発性硬化症など)
・炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎など)
・消化器疾患(過敏性腸症候群、下痢、便秘症など)
・非アルコール性脂肪肝炎(NASH)
・精神疾患(うつ病、不安神経症、発達障害など)
・パーキンソン病やアルツハイマー型認知症などの変性疾患
・悪性腫瘍(大腸がん、膵臓がん、肝臓がんなど)

腸内フローラは、全身と双方向のネットワークを形成しているので、全身に影響があります。

4.腸内フローラを乱す原因

腸内フローラ 赤ちゃん

まずは、自分と共生する腸内フローラが決定するまでの幼少期までの要因が大きく関わります。
この時期に、自分の免疫が、腸内に共生を許す腸内細菌の種類が決定し、彼らの居住を許されるテリトリーが決まります。

・胎児期にかかる母体のストレス
・帝王切開
・人工ミルク
・繰り返す抗生物質の投与
・衛生的過ぎる環境での生育

幼少期に、子宮内から母親の子宮内フローラに接し、経膣分娩で母親の膣内フローラを口に飲み込み、皮膚に塗り、母乳によって初期のビフィズス菌を育み、環境の多様な微生物と触れ合うことで、腸内細菌の多様性を育みます。
それと真逆の生活が、多様な腸内フローラの定着を阻み、ディスバイオーシスの原因になります。

また、ストレスは、腸内フローラを乱すかなり重大な要因になりますが、ストレスへの感受性の高さは、すでに母親の胎内にいる時から、プログラミングが始まっています。

分娩方法や授乳方法などの選択は、止むを得ず最良の選択ができない場合も多いものですね。
うちの母も、どんなに頑張っても母乳が一滴も出ず、私は人工ミルクで育ちました。
その分、乳幼児期は下痢と重度のアトピー性皮膚炎に苦しみましたが、その後の母の努力で、シンバイオティクスな食事を続けて、今では腸内環境も良く、アトピーだったとは気づかれないくらいに肌は綺麗になりました。

幼少期を過ぎると、腸内フローラの種類は変えることができませんが、そのバランスを整えて、発酵を起こす環境を作ることができます。

それを腐敗に傾ける原因は、

・消化機能の低下
・ピロリ菌の感染
・繰り返す抗生物質の投与
・継続的な胃酸抑制薬(PPI:プロトンポンプ阻害薬)の投与
・食品添加物(乳化剤・人工甘味料など)」の繰り返す摂取
・食生活の偏り、乱れ
・感染性胃腸炎などの感染症
・ストレス

日常の食事がとても大切ですから、腸内細菌を育むシンバイオティクス食品をしっかり食べて、多様性を育むため、偏りなく様々な食品を食べること。
プラネタリーヘルス的にも、環境にも配慮した農法の様々な種類の食品をバランスよく食べることは、人の腸の土と地球の土の両方を改良するためにおすすめです。

加工度の高い食べ物は、食品のもつ全体性を失っていることから、腸内細菌の多様性低下にもつながります。

5.腸内フローラ移植とは?

腸内フローラ移植 花の移植

様々な原因で崩れてしまった腸内細菌のバランスを整えるため、通常は、食事を整えたり、ライフスタイルを整えたり、心身を整えるという方法をとります。
まず、そこが基本ですね。

腸内細菌は、腸内で人を育てる土を作る立役者ですから、腸内細菌が好きな多様な食事を与え、それを消化管と連携しながら分解し、発酵し、フカフカの腐葉土のような土を作ります。

ですから、食事が大事です。

ただし、それではどうしようもないケースもあります。
そんなケースに、健康な人の腸内フローラを移植するという治療法が、腸内フローラ移植です。

糞便微生物移植=Fecal Microbiota Transplantation(FMT)と呼ばれます。

5-1.腸内フローラ移植の適応

腸内フローラ移植は、日夜研究され、適応も拡大しつつあります。
まだまだ、標準治療となっている適応疾患は少なく、確立しているのは、以下の疾患のみです。

・再発性クロストリジウム・ディフィシル感染症

ランダム化比較試験という信頼度の高い研究があるものは、
・潰瘍性大腸炎
・過敏性腸症候群
・メタボリック・シンドローム
・肥満
・肝性脳症

実際に臨床応用しながら研究が進められているものには、

消化器疾患として、
・クローン病
・機能性便秘
・腸管ベーチェット病

中枢神経系・精神疾患として、
・自閉スペクトラム症
・うつ病
・パーキンソン病
・てんかん

全身疾患として
・急性膵炎
・HIV感染症
・2型糖尿病
・NASH
・肝硬変
・敗血症
・特発性血小板減少症

その他、腸内細菌の乱れ(ディスバイオーシス)と関連する疾患としては、
・アトピー・アレルギーなど免疫疾患
・自己免疫疾患
・その他の生活習慣病

など、多くの可能性があります。

※日本内科学雑誌108巻3号 参照

腸内フローラだけの問題ではありませんし、一人ひとりの免疫の応答やストレス状態、環境やライフスタイルなども違うため、治療効果については不確定要素も多いのが現状です。
各医療機関によって方法も違いますし、適応となる疾患も違います。

しかし、これまで打つ手がなかった難治な病気に対して、画期的な成果が出ているケースもあり、期待が高まっています。

5-2.腸内フローラ移植の歴史

腸内フローラ移植の歴史 古地図

歴史的に、他人の糞便を患者に入れるという方法は、すでに4世紀には中国で行われていたとされています。
糞便を溶かした溶液:yellow soupを重症下痢・食中毒の患者に対して使用していたとされています。

そして、時はめぐり、西洋医学的には、1989年に、潰瘍性大腸炎に対する腸内フローラ移植の症例報告が、世界的権威のある医学誌「LANCET」に掲載されて注目が集まりました。

※Lancet.1989; 1: 164.

その後、抗生物質治療中の副作用として起こるクロストリジウム・ディフィシル腸炎の治療に対して目覚ましい治療効果が発揮され、2014年には、アメリカ食品医薬品局(FDA)も、多剤耐性となり薬剤の効かないクロストリジウム・ディフィシル腸炎に対して「第一選択とすべき」と認めることになりました。

5-3.腸内フローラ移植の方法

腸内フローラ移植の投与方法は、統一されていません。
施設や対象疾患によっても異なっています。

世界的には、凍結検体のカプセル内服投与や経鼻胃チューブ、経鼻十二指腸チューブ、上部内視鏡、大腸内視鏡、注腸、などがあります。

また、抗生物質を事前に投与する方法やしない方法。
下剤をかけて前処置をする方法やしない方法など、施設によって様々な方法がとられています。

また、便を提供する健康な移植のドナーについても、二親等未満の家族に限定する方法や、厳格に選ばれ管理されたドナーバンクから提供する方法など様々です。

移植液については、生理食塩水で溶かすことが一般的ですが、生理食塩水で他者の腸内細菌を入れるだけでは、自己に定着している腸内細菌や免疫が排除しようとするため、生着が難しいのが現状です。

腸内フローラ移植臨床研究会では、特許技術であるウルトラファインバブル水(NanoGAS®)によって、厳格に選ばれたドナー由来の便を症例毎に選択し、自己免疫機能に阻まれてうまく生着することのできないとされていた他者由来の腸内細菌を効果的に移植することが期待されています。

デリバリー方法を工夫することで、下剤などの前処置の負担なく、注腸という負担の少ない方法でも、各施設で改善症例が報告されています。

5-4.自閉スペクトラム症への応用と客観的評価

自閉スペクトラム症の男の子

腸内フローラ移植臨床研究会の第5回の学術大会では、臨床応用している各医療機関から、潰瘍性大腸炎や自閉スペクトラム症への臨床症例などの報告がありました。

また、大阪大学大学院連合小児発達学研究科・片山泰一教授より、片山教授らのチームが開発した自閉スペクトラム症の客観的検査が可能となる「ゲイズファインダー」の発表がありました。

これまで、自閉スペクトラム症への効果判定としては、心理テストや行動チェックなど、観察者の主観による尺度しかありませんでした。

自閉スペクトラム症では、定形発達者と比べて、脳の回路が大きく異なることから、一般的な社会的コミュニケーションの難しさや興味の限定やこだわり行動、視覚・聴覚など五感の敏感さや鈍感さなどがみられます。

「ゲイズファインダー」は、本人が何を見ているか(注視)を解析することで、定型発達と自閉症スペクトラムの傾向を客観的数値として数値化できるようになったことが画期的です。
移植の前後に計測することで自閉スペクトラム症児の視点が変化することを客観的に計測することができるようになったと発表がありました。

今後は、大学との連携により、腸内フローラ移植の自閉スペクトラム症への応用について、再現性のある客観的データを蓄積していくことが期待されています。

6.腸内フローラ移植の可能性

腸内フローラ移植 ビオラ

日本における腸内フローラ移植は、各施設や大学、協会毎に方法が違い、それぞれに意見も分かれているのが現状です。
しかし、ライフスタイルの改善や様々な治療でも改善しない難治な疾患に悩む人にとっての解決策になるよう、立場を超えた連携が必要ではないかと考えます。

腸内フローラ移植臨床研究会には、大学や総合病院ではなく、主にそれぞれの地域で赤髭先生のように一人ひとりの患者さんと向き合いながら、臨床を重んじ、統合的な視点で、本当の治癒に向かうためにはどうすれば良いかと、奮闘してこられた赤髭先生のような先生方が集まっておられます。

もちろん、すぐに移植に進むわけではなく、丁寧にプロセスを踏み、どうしても必要な症例でご本人とご家族の希望がある場合に、移植に進むという方法がとられます。
さらに、客観的なデータを蓄積して、より多くの症例に応用適応できる可能性を日夜模索しておられます。

まだまだ新しい分野であり、確立している治療法ではありませんが、そうした医療従事者の想いによって、これまで希望がなかった方々が心身ともに健康を取り戻す一つのきっかけになればと考えます。

この記事の執筆は 医師 桐村里紗先生

【医師/総合監修医】桐村 里紗
医師

桐村 里紗

総合監修医

・内科医・認定産業医
・tenrai株式会社代表取締役医師
・東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 道徳感情数理工学講座 共同研究員
・日本内科学会・日本糖尿病学会・日本抗加齢医学会所属

愛媛大学医学部医学科卒。
皮膚科、糖尿病代謝内分泌科を経て、生活習慣病から在宅医療、分子整合栄養療法やバイオロジカル医療、常在細菌学などを用いた予防医療、女性外来まで幅広く診療経験を積む。
監修した企業での健康プロジェクトは、第1回健康科学ビジネスベストセレクションズ受賞(健康科学ビジネス推進機構)。
現在は、執筆、メディア、講演活動などでヘルスケア情報発信やプロダクト監修を行っている。
フジテレビ「ホンマでっか!?TV」には腸内環境評論家として出演。その他「とくダネ!」などメディア出演多数。

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著作・監修一覧

  • ・新刊『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)
  • ・『日本人はなぜ臭いと言われるのか~体臭と口臭の科学』(光文社新書)
  • ・「美女のステージ」 (光文社・美人時間ブック)
  • ・「30代からのシンプル・ダイエット」(マガジンハウス)
  • ・「解抗免力」(講談社)
  • ・「冷え性ガールのあたため毎日」(泰文堂)

ほか