【医師解説】そのオーラルケアは必要?歯や口腔内の健康を守る「口腔内フローラ」と殺菌の是非
皆さま、こんにちは。
医師で予防スペシャリストの桐村里紗です。
新著『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』(光文社新書) がご好評をいただいております。新しい時代を生きるヒントになれば幸いです。
ずっと、気になっていることがあります。
「腸活」は世の中に認知されていて、腸内フローラという文脈では、腸内の常在細菌を大事にするために、なるべく抗生物質を使わないようにしよう、むしろ使うことで腸内環境が乱れるというのが自明の理です。
消化管において、腸内フローラのもっと手前には、口腔内フローラがいます。
漫然と殺菌成分が入ったオーラルケア用品を日常的に使っている人がとても多いのです。
ドラッグストアなどに並んでいる多くの歯磨き粉やマウスウォッシュは、殺菌成分入りです。
口腔内環境が乱れて歯周病などに発展している場合、歯科では必要と判断された場合には殺菌治療が行われます。
しかし、口腔内環境が整っている人が、漫然と殺菌成分入りのオーラルケア用品を使用することは、本当に必要なのでしょうか?
腸内フローラは殺さないように大切に守っているのに、口腔内フローラは日常的に殺菌して良いのでしょうか?
と、ちょっと疑問を持っていただきたいなと思います。
口腔内フローラも腸内フローラと同様に、重要な働きがあります。
殺菌ではなく、口腔内環境を整える有用菌によるプロバイオティクスを応用したバクテリアセラピーや、口腔内の共生菌を守り、病原性細菌には効果を発揮する成分もあります。
今日は、大切な口腔内フローラの働きを見直し、日常でできる安全なケアをご紹介します。
目次
1.口腔内フローラの大切な働き
消化器には、腸内だけでなく口から肛門、入り口から出口まで一様に常在細菌が暮らしています。
口腔内には、700〜800種類、数百億から一千億個もの常在細菌が暮らしています。
歯垢、プラークとは、微生物の塊で、1mgに1億個以上の細菌がいます。
その多くは、共生可能な種類で、むしろ、宿主である私たちを守る働きをしています。
1-1.口腔内フローラの役割
口腔内フローラを含む、常在細菌は人を守る働きをしています。
1.病原性微生物から宿主を守る
2.宿主の防御機能をサポート
3.心血管系の調整
4.抗炎症物質の産生
5.抗酸化活性
6.人にない代謝などの働きを担う
7.健康な消化機能を維持する
常在細菌は、人の体の一番外側にある粘膜面、皮膚などの上皮細胞(境界)の外側に何層にもなって重なって、人の体の内側に病原性の微生物や攻撃物質が入らないように守っています。
ですから、常在細菌がいなければ、人は病原性の微生物にも脆弱になります。
常在細菌が防御することによって、病原性の微生物はその上に付着し、通過するだけで、感染することはできず洗い流すことができます。
1-2.口腔内フローラの生着と影響する因子
人の口腔内フローラは、腸内フローラと同じく、赤ちゃんの頃に母親の常在細菌を受け入れることによって生着していきます。
出産時に、母親の常在細菌が子供に移行します。
そして、腸内フローラと同様に、経膣分娩か帝王切開かは、口腔フローラの多様性にも影響します。帝王切開よりも経膣分娩の方が、多様性が高いことがわかっています。
授乳方法も関連しています。
生後3か月の母乳で育てられた乳児は、人工乳で育てられた乳児より、口腔内に乳酸菌のコロニーが多いということがわかっています。
母乳には、乳酸菌の一種やラクトフェリン、免疫物質などが含まれ、消化管のフローラを良い状態に育てることがわかっています。
私の母のように頑張っても母乳が一滴も出ない人もいますが、母乳が出るのであれば、なるべく母乳育児を行って欲しいと思います。
3歳までに口腔フローラは複雑になり、年齢とともにますます複雑になります。
幼少期までに多くの定着する種類は決まっていますが、成人するまで感染する種類もありますし、代表的な歯周病菌P.ジンジバリス菌は、大人になってからキスをしてもうつります。
ですから、親から子供だけでなく、パートナー同士も、歯周病菌をうつすリスクがありますから、口腔ケアをしっかりしておきたいものですね。
1-3.歯周病菌は環境が悪いと増える
口腔内細菌は、ほとんどが共生可能な種類です。
歯周病菌と言われる菌が口腔内に少々いても、共生種が優勢で良い環境が作られていれば、特に悪さはしません。
特に、酸素が多い口腔内の表面では、歯周病菌は暮らすことができません。
歯の表面は、唾液で覆われています。
その唾液の上に口腔内環境を守り、維持する口腔内細菌が住み着きます。
細菌たちは、互いに足場を組みながら、積み上がり、プラーク=歯垢を形成していきます。
そのプラークを放置することで、病原性を発揮し、炎症を起こす種類の歯周病菌がどんどん集まって塊になります。
表面をバイオフィルムという殺菌成分などに強い抵抗力をもった膜で覆い、その中で密集しながら暮らします。
それが、プラーク=歯垢です。
歯周病菌も、口腔内に漂っている状態では、殺菌成分で殺菌ができますが、通常の殺菌成分ではバイオフィルムの中にいる歯周病菌を殺すことはできません。
特に歯周病菌は酸素が嫌いなので、歯と歯茎の間の奥深く、酸素の少ない歯周ポケットの奥で、元気になり、歯周病として発症します。
マウスウォッシュや歯磨き粉に配合されている殺菌成分は、口腔内フローラを形成する共生種にも作用し、殺菌します。
一方でポケットの奥深くのバイオフィルム内の歯周病菌にまで殺菌成分を届けることは容易ではありません。
日常的に使っているオーラルケア用品の殺菌成分が殺しているのは、あなたにとって病原性を発揮する細菌なのでしょうか?それとも、あなたを守っている共生種なのでしょうか?
2.歯磨き粉に配合されている殺菌成分
歯磨き粉に配合されている主な殺菌成分は、CPCとIPMPです。
CPC(塩化セチルピリジニウム)は、一般的に多くの殺菌効果のあるオーラルケア用品に配合されています。
ところが、CPCは、口腔内を漂っている細菌に対しては強力な殺菌作用を持っていますが、バイオフィルムに対しては表面の菌にしか殺菌作用を示しません。
それに変わり、バイオフィルムの中まで浸透して殺菌できる成分が、IPMP(イソプロピルメチルフェノール)です。
IPMPであれば、バイオフィルム内の歯周病菌まで徹底的に殺菌ができますので、その点では効果的です。
最近のオーラルケア用品には、CPCとIPMPがW配合されたものもあります。
ただし、毎日、強力な殺菌成分入りのオーラルケア用品を漫然と使用することで、口腔内の共生的な細菌にも影響を与えていると言わざるを得ません。
IPMPを使用する必要があるのかどうか、定期的な歯科受診の上で、口腔内の状態を見た上で、判断してもらう必要があります。
3.口腔内環境が良ければ殺菌成分は不要
口腔内環境が良い場合、殺菌成分入りのオーラルケア用品を使う必要はありません。
3-1.F.B.Iという基本のケア
「F.B.I」とは、フロッシング、ブラッシング、イリゲーションの頭文字をとった造語です。
ブラッシング:歯ブラシは、主に歯の表面や隙間をケアする方法です。
これは、多くの人がやっていると思います。
ブラッシングは機械的に歯垢を落とし汚れを落とすものです。
音波歯ブラシ、超音波歯ブラシのように、汚れを落とす力が強いものを使えば、水のみでも十分に磨くことができます。
フロッシング:これは、デンタルフロスや歯間ブラシを使った歯間ケアです。日本人は半分以上の人が、歯間ケアを怠っており、これがプラーク発生の原因になります。
イリゲーション:歯周ポケットケアのことですが、歯と歯茎の間のポケットにアプローチするには、水流洗浄機が有効です。日本での普及率は1%未満ですが、一家に一台お勧めしたいものです。
我が家や私の実家の父母、そして編集長も、パナソニックのドルツシリーズから発売されているジェットウォッシャーを愛用しています。
実家の父は、ひどい歯周病と口臭でしたが、ジェットウォッシャーを日常的に使いながら、歯科治療に通った結果、今ではかかりつけの大学病院の歯科の先生から「満点だね!」と言われるようになりました。
3-2.口腔内環境を改善する有用菌でバクテリアセラピー
菌を持って菌を制す、バクテリアセラピーがあります。
殺菌しようという考え方ではなく、口腔内環境を改善する口腔内で働く有用菌を使って、口腔内フローラを整えるものです。
健康な人と慢性歯周病患者の口腔内の比較では、乳酸菌10菌種の中で、L.ガセリ菌の検出率が、慢性歯周病患者(8%)に大して、健常者(64%)に有意に高かったことがわかっています。
乳酸菌種は、他の口腔内細菌を抑制する抗菌活性があり、虫歯菌のS.ミュータンス菌や歯周病菌の゙P.ジンジバリス菌などの生育を抑制することがわかっています。
口腔内で働くプロバイオティクスがいくつか見つかっています。
・プラークを防ぐ
ストレプトコッカスA12:虫歯菌であるS.ミュータンスの増殖とプラークの抑制
※ASM Journals/Applied and Environmental Microbiology:Vol. 82, No. 7
・口臭を防ぐ
L.ロイテリ、S.サリバリウスK12
・歯肉炎をコントロールする
L.ロイテリ
※Swed Dent J. 2006;30(2):55-60.
・歯周炎の炎症を抑制する
L.ブレビス
※Oral Dis. 2007 Jul;13(4):376-85.
最近では、プロバイオティクス入りのオーラルケア用品、口で解けるタイプのタブレットなどがドラッグストアや歯科で販売されています。
殺菌ではなく、有用菌によって病原性の細菌を抑制する安全な方法です。
薬で起こるような副作用のような害はありませんし、小さな子供さんから妊婦さん、高齢者の方まで安心して実践ができます。
3-3.唾液の成分を活用する:ラクトフェリン
唾液や母乳などに含まれるラクトフェリンも活用できます。
歯周病菌は、細胞壁にLPS(リポポリサッカライド)という成分を持っていますが、これが内毒素として人に害を与えます。
ラクトフェリンには、歯周病菌の毒素=LPSを無毒化し、炎症を抑え、歯肉のコラーゲンの合成を保ち、歯茎を健康にする働きがあります。
通常、殺菌をしたとしても、菌の毒素・LPSは無毒化できません。
LPSは、最近ではアルツハイマー型認知症との関連も指摘されています。
ラクトフェリンは、LPSと結合して無毒化します。
また、ラクトフェリンは鉄を抱え込む性質があります。
有害な菌がエサにしがちな鉄を奪うことで、有害菌が口腔内だけでなく腸管内で増殖することを防ぎます。
カンジダ菌も鉄をエサにすることで知られています。
口腔内だけでなく腸管や子宮内フローラを整えるためにも活用できます。
3-4.虫歯・歯周病の新しい治療・3DS療法
唾液の質の悪さや定着している口腔内細菌、環境の悪さで、頑張ってオーラルケアを行っても、歯周病や虫歯を繰り返す人もいます。
この場合、口腔内環境をリセットした上で、良い口腔内環境に整える治療法があります。
3DS療法とは、Dental Drug Delivery Systemの略で、虫歯や歯周病のリスクが高い人に対して虫歯菌や歯周病菌の除菌を行う治療法です。
必要のない人に行うわけではありません。
唾液検査でリスクの判定を行い、一定以上のリスクが認められた場合、歯垢・歯石をきれいにした後、抗菌剤と殺菌消毒薬入りの専用のマウスピースを口に装着し、虫歯菌や歯周病菌を除菌する治療法です。
これを行った上で、口腔内環境を整え、虫歯菌や歯周病菌が増えないようにするために、その後、バクテリアセラピーを行っていきます。
4.まとめ
このように、歯科の判断の上で必要と判断された場合に殺菌を行うのと、無闇に日常から殺菌するのでは訳が違います。
その前に、極力、殺菌をしなくてすむように、さらに、腸内細菌などの常在菌にもダメージを与える抗生物質の投与をしなくてすむように、普段から予防的なケアが大切です。
殺菌・除菌は、私たちの体を守り共生する常在細菌にもダメージを与えることを忘れないでください。
アンチではなく、微生物と共に生きる=シン・バイオティクスという考え方を大切にすることで、共生的な良い関係、良い環境を保つことができます。
日常的に使用するのであれば、殺菌よりも、プロバイオティクスや唾液成分に由来するラクトフェリンのように口腔内フローラにも優しい方法をお勧めします。
最適な方法を選択し、適切なケアを行うためにも、日常から予防歯科での検診や指導を受ける習慣をつけていきましょう。
この記事の執筆は 医師 桐村里紗先生

桐村 里紗
総合監修医
・内科医・認定産業医
・tenrai株式会社代表取締役医師
・東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 道徳感情数理工学講座 共同研究員
・日本内科学会・日本糖尿病学会・日本抗加齢医学会所属
愛媛大学医学部医学科卒。
皮膚科、糖尿病代謝内分泌科を経て、生活習慣病から在宅医療、分子整合栄養療法やバイオロジカル医療、常在細菌学などを用いた予防医療、女性外来まで幅広く診療経験を積む。
監修した企業での健康プロジェクトは、第1回健康科学ビジネスベストセレクションズ受賞(健康科学ビジネス推進機構)。
現在は、執筆、メディア、講演活動などでヘルスケア情報発信やプロダクト監修を行っている。
フジテレビ「ホンマでっか!?TV」には腸内環境評論家として出演。その他「とくダネ!」などメディア出演多数。
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著作・監修一覧
- ・新刊『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)
- ・『日本人はなぜ臭いと言われるのか~体臭と口臭の科学』(光文社新書)
- ・「美女のステージ」 (光文社・美人時間ブック)
- ・「30代からのシンプル・ダイエット」(マガジンハウス)
- ・「解抗免力」(講談社)
- ・「冷え性ガールのあたため毎日」(泰文堂)
ほか