人間関係を豊かにしてくれる「愛情ホルモン」オキシトシンとは?
皆さまこんにちは。
医師で腸のスペシャリストの城谷昌彦です。
皆さん、「オキシトシン」をご存知ですか?
妊娠・出産を経験された方はご存知の方も多いかもしれません。
オキシトシンは、子宮や乳腺に働くホルモンの一種で、これまで女性が出産したり、授乳したりするときに分泌されることで知られていました。そのオキシトシンが最近では「愛情ホルモン」や「愛着ホルモン」として注目される様になっています。
オキシトシンは女性が妊娠したり出産する時だけ限定的に分泌されるものではなく、養育経験によって男性にも女性同様に分泌されるホルモンの一種ですが、私たち哺乳類が集団生活(群れ)を形成する上で、個体間の関係性を円滑にさせたり、記憶や学習能力を高めるためにも重要な働きを担っているホルモンであることがわかってきました。
今回は、私たちが家族やパートナーとのスキンシップや信頼関係を築いたり、社会性を育む上でも注目されている「オキシトシン」についてのお話です。
目次
1.オキシトシンの働き
オキシトシンは私たちが家族や他者と関わりながら生きていく上でとても重要な働きを担っています。
1-1.出産や授乳に関わるオキシトシン
オキシトシンは、ヒトだけでなく哺乳類が共通に持つホルモンですが、よく知られている作用としては、妊娠中の母体の子宮を狭め、子宮口を広げることで出産を促す働きや、出産後の母体では乳腺から乳汁分泌を促すなどの働きがあります。
オキシトシンが出産に関与することは19世紀末からすでに知られており、オキシトシンという名前はギリシア語の「早く産まれる」という言葉から来ています。
オキシトシンは副腎皮質ホルモンなどに比べると原始的なホルモンとみなされてきた経緯も有り、あまり研究が進んでいませんでした。しかし20世紀後半になってオキシトシンの研究が進むと、その意外な作用が色々と明らかになってきました。
1-2.親子の絆を深めるオキシトシン
オキシトシンは母親が赤ちゃんに授乳する際に血中濃度が高まり、乳汁の分泌を促す働きがありますが、この他に母親が根気のいる育児に専念できるように、落ち着きを高める働きがあります。愛情深い養育者に育てられた子どもは、安心や安全を感じやすく、社会に適応しやすいということが知られていましたが、これはオキシトシンによる生物学的な作用によるものであることが分かりました。
また、オキシトシンは相手の表情を読み取る能力を上げることも知られており、例えばある研究によると母親が赤ちゃんを授乳する際のオキシトシンの分泌量が多いほど、赤ちゃんの「快」の表情をより正確に読み取れれるようになることが明らかになりました。つまり、授乳によるオキシトシンの作用により、母親が赤ちゃんの欲求をより正確に察知できる様になることで愛着が高まり、母性行動が促進されると言えます。
逆にこの働きがうまくいかないと、その子どもは多動や衝動性、不注意が起きやすくなることも分かってきました。
1-3.パートナーとの絆を深めるオキシトシン
オキシトシンには、ストレスや不安を和らげる作用があることが分かっていますが、愛するパートナーとの触れ合い(スキンシップ)などでオキシトシンが活発になると、外界からのストレスにもあまり不安になることなく、我が身やパートナーを守ることができるようになります。
抱擁や愛撫などの様に、スキンシップがオキシトシンの分泌を促すことから、オキシトシンを「抱擁ホルモン」と呼ぶ人もいます。また互いの親密さが深まり、豊かな関係性を体験するとオキシトシンの濃度が増えるため「愛情ホルモン」と呼ばれたり、またオキシトシン濃度が増すとストレスに対する耐性を高め、癒しの効果があるため「幸せホルモン」とも呼ばれることもあります。
ある研究では、強固な一夫一妻のシステムを取るプレーリーハタネズミのつがいにオキシトシンをブロックする薬剤を与えると、パートナー同士の特別な結びつきは失われ、つがい関係が壊れ、子供に対する母性行動が妨げられるということが確認されています。
1-4.社会性を育むオキシトシン
上述のように、オキシトシン豊かな養育者に育てられると子供が安定しやすいとされていますが、親子との関係だけでなく他者との関係性においてもオキシトシンが重要な役割を果たしています。
オキシトシンは、動物にもともと備わっている個体同士が接近する際の警戒心を一時的に緩め、「接近行動」を可能にする働きがあります。また、誰が安全かを検出し、安全と感じた相手に対する信頼感を高めたり、寛容さを高め、優しい気持ちにさせるといった働きがあります。
オキシトシンのこれらの働きにより、交配を促されたり、群れの形成を可能にしたりと、所謂「社会性」が育まれていくと考えられています。
1-5.免疫や成長にも関わるオキシトシン
オキシトシンには、炎症を抑え、細菌やウイルスをやっつけるのを助け、傷口を癒し、組織が再生するのを促進する働きもあります。これはオキシトシンの単独の作用というより、オキシトシンが免疫系だけでなく、神経系や内分泌系とも力を合わせられるように調整する役割を担うことで発揮できる作用と考えられています。つまりオキシトシンは、私たちに降りかかる様々なストレスから心身を守ってくれる働きがあると言えます。もしこれがうまく働かないと、ストレスを感じやすく、幸福度が低下しやすいだけでなく、心身の病気にもなりやすくなります。
オキシトシンは、情緒的、認知的、身体的発達にも重要で、実際に愛着が不安定な子では、知的発達においても不利を生じたり、さらには成長が遅かったり、感染症にかかりやすかったり、自己免疫疾患やアレルギー疾患にも悩まされやすいとされています。
1-6.自閉スペクトラム症の治療で注目されるオキシトシン
これまで、自閉性障害(自閉症)、アスペルガー障害(アスペルガー症候群)、広汎性(こうはんせい)発達障害、などと呼ばれていた障害群が、近年「自閉スペクトラム症 autism spectrum disorders(ASD)」として総括されるようになってきました。
自閉スペクトラム症の特徴として、「社会的コミュニケーションの障害」が挙げられますが、これは例えば「視線が合いづらい」、「他者の表情や気持ちが理解しづらい」といった症状のことを指します。ですから家族間であってもこころが通い合っていないように感じます。
そのほかにこだわり行動や、想像力の欠如、不安やうつ状態、不眠、イライラ、興奮などの症状が出現します。どの症状が強く出るかによって、うつ病、不安障害、精神病など、別の障害と診断されてしまうこともあります。
自閉スペクトラム症の治療として、これまでソーシャル・スキル・トレーニング(SST)と呼ばれるグループ活動や個別カウンセリングが行われてきましたが、近年「オキシトシン」が自閉スペクトラム症の治療に効果があるのではと期待されています。
これはオキシトシンの持つ「社会性を向上させる」作用が、自閉スペクトラム症の特徴である社会的コミュニケーション障害を緩和させるという仮説に基づいた治療方法ですが、現在一部の医療機関で実際にオキシトシンを用いた治験が行われています。
1-7.オキシトシンの持つ負の作用
オキシトシンは上述のように、愛情や信頼感を高めるということがお分かりいただけたかと思いますが、実はこれらの作用のほかにいわゆる「負」の作用も持ち合わせることがわかってきました。
ちょうど瓜坊(イノシシの子ども)を連れた母親イノシシが良い例です。
子連れの母親イノシシのオキシトシン濃度は通常より高まっており、この場合子どもイノシシへの愛情をたっぷりと注ぐ行動をとる反面、自分のグループ(家族)に属さない個体(敵)には普段以上に威嚇行動を取るなど、オキシトシンの低いときに比べて獰猛(どうもう)さも増します。これも実はオキシトシンの作用なのです。
また、ある研究によると「暴走列車から5人の命を救うために、誰を助け、誰を犠牲にするか」などといった道徳的ジレンマの解決を求める実験をオランダ人男性に行ったところ、オキシトシンの匂いを嗅いだ場合は、嗅いでいない被験者に比較して、自国民のほうをアラブ人やドイツ人よりも優先して助けることが多かったといいます。
つまりこの研究で、オキシトシンの影響下では、同じグループに属する仲間への優遇が増えることがわかりました。これは、裏を返せば、自分のグループに属さない人を排除するということでもあるのです。
2.オキシトシンを高めるには?
様々な作用を持つオキシトシンですが、では、どうすれば分泌量を高めることができるのでしょうか?
下記のような行動が、オキシトシンを高めることが知られています。
・スキンシップ(同性でもOK)
・家族団らん
・家族や友達と食事をする
・家族や友達とカラオケにいく
・プレゼントを贈る
・感謝する/感謝の気持ちを伝える
・家族や友人を思い料理を作る
・触れ合う/スキンシップ
・マッサージ
・見つめ合う
・抱擁/ハグ
・キス
・愛撫
・性交渉
・芸術や音楽に感動する
・自身の感情を表現する
・親切を心がける
・動物との触れ合い
・ぬいぐるみなどふわふわしたものに触れる/ハグ
などなど
3.オキシトシン受容体と愛着
オキシトシンは、様々な細胞表面に分布する「オキシトシン受容体」に結合して初めてその作用が発揮されます。ですからオキシトシン受容体の数が少ないと、いくらオキシトシンが大量に分泌されてもその効果を十分に発揮することができません。
私たちがもともと生まれ持ったオキシトシン受容体の数を減らさないことも、オキシトシンを高めること以上に大切です。
ではどんな時に減るのか? それは幼少時の養育のされ方によるところが大きいことがわかっています。不適切な養育を受けた人ほどオキシトシン受容体の数が少ない傾向があるということが、ある研究で確認されました。ただし、たとえ不適切な養育を受けたとしても、それ以外の部分で補うことができ、「安定した愛着」が形成できた場合は、オキシトシン受容体は減らないこともわかっています。つまり、オキシトシンを効果的に働かせるには、必ずしも養育環境だけで決まるものではなく、他者との豊かな関わりの中で「安定した愛着」を獲得することが重要なようです。
4.あなたも始めませんか、オキシトシン・リッチなライフスタイル
私たち人間は非常に高度な社会性を持ち合わせた動物です。その複雑な社会を成り立たせるために、オキシトシンが大変重要な潤滑油の役割を果たしていることがわかってきました。
また私たちの健康を増進したり、維持するためにもオキシトシンは大変重要です。
これまでより少しだけ、あなたにとって大切な人のことを意識して行動することで、あなたのオキシトシン濃度を高めることが可能です。
まずは身近な人とこれまで以上に豊かな時間を過ごして、オキシトシン・リッチなライフスタイルを始めて見ませんか。何かが変わり始めるかもしれませんよ。
参考文献
「死に至る病~あなたを蝕む愛着障害の脅威~」岡田尊司 光文社新書
「ポリヴェーガル理論を読む~からだ・こころ・社会〜」津田真人 星和書店
Carsten K. W., et al, Oxytocin promotes human ethnocentrism, PNAS January 25, 2011 108 (4) 1262-1266
この記事の執筆は 医師 城谷 昌彦先生

城谷 昌彦
監修医
消化器病専門医・消化器内視鏡専門医・認定内科医・認定産業医
ルークス芦屋クリニック院長
腸内フローラ移植臨床研究会専務理事
NPOサイモントン療法協会理事
ヒュッゲ・ラボ株式会社代表取締役
主な所属学会
日本内科学会・日本消化器病学会・日本消化器内視鏡学会・日本抗加齢医学会・日本統合医
療学会・日本先制臨床医学会 など
東京医科歯科大学医学部卒業。
神戸大学病院内科、京都大学病院病理部、兵庫県立塚口病院(現・尼崎総合医療センター)消化器科医長、城谷医院院長などを経て、2016年ルークス芦屋クリニック開設。
消化器病専門医でありながら、自ら潰瘍性大腸炎発症によって大腸全摘術を経験。
西洋医学はもとより、東洋医学、心理学、分子栄養学、自然療法等の見地からも腸内環境を健全に保つことの大切さを改めて痛感し、腸内環境改善を柱とした根本治療を目指している。
2017年からは腸内フローラ移植(便移植)による治療を開始。腸内細菌が人体に及ぼす多大な機能改善力に着目し、潰瘍性大腸炎などの消化器疾患だけでなく、うつ、自閉症、自己免疫疾患、がんなど多岐にわたる疾患の治療を行なっている。
- ルークス芦屋クリニックHP
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著作・監修一覧
- ・『腸内細菌が喜ぶ生き方』(海竜社)
- ・『骨スープで楽々やせる!病気が治る!』(マキノ出版)
- ・『専門医伝授「アミノ酸豊富!骨だしスープで腸内フローラを再生」』(WEB女性自身)