夏の危険な脱水に起こる低ナトリウム血症とは?塩分の上手な摂り方
こんにちは。
医師で予防医療スペシャリストの桐村里紗です。
「減塩は健康の基本」と言われ、塩分は悪者だ!と考えている人は多いと思います。
でも、体にとって、塩分、つまり、Na:ナトリウム(とCl: クロール)は、血液中に最も多い「必須のミネラル」です。
特に、熱中症に伴う脱水症において、体内の水分に比べて塩分が相対的に少なくなり、低ナトリウム血症になると、かなり危険で、場合によっては致命的になることもあります。
「低ナトリウム血症」が急に起こっている場合、医師であれば「マズい!」と冷や汗をかくレベルです。
血液中の塩分濃度(ナトリウム濃度)は、厳格に保たれています。
血中 ナトリウム濃度が低すぎると、それを補正するために水分は血管内から細胞内に移動して、血管内が脱水になる代わりに、細胞が浮腫みます。逆に、血中ナトリウム濃度が高すぎると、今度はそれを補正するために水分は細胞内から血管内に移動し、今度は細胞が脱水となります。
体内の塩分が相対的に減る脱水を「低張性脱水」と言いますが、大量に発汗するこの猛暑に、水分と塩分を上手に補わないと、かなりリスキーです。
目次
1.低ナトリウム血症と脱水
1-1.低ナトリウム血症とは?
低ナトリウム血症とは、血液中のナトリウム濃度が異常に低い場合に発生します。
ナトリウムは、電解質と呼ばれ、血液中に最も多く溶けているミネラル分です。
細胞内や細胞の周りにも少量含まれており、その濃度によって水が、血管内、細胞内、細胞の周囲に移動し、水分量を調節するのに役立ちます。
具体的には、血液中の血清ナトリウム濃度が136mEq/L未満に低下する場合に「低ナトリウム血症」と診断されますが、ナトリウムに対する相対的な水分の過剰が原因です。
1-2.ナトリウムは細胞を保つために必須
血液中のナトリウム濃度が低くなりすぎると、その濃度を調節するために、水を減らして塩分濃度を保とうとします。
そのため、水が細胞内へ移動します。
細胞内の水位が上昇するように水であふれる状態になり、特に、脳の細胞が浮腫むことで頭痛などの症状が出るほか、重症化すると意識障害、昏睡を引き起こすリスクもあります。
低ナトリウム血症と言っても、病因や急性に進行したか慢性に進行したかで症状の経過は違います。
急性の場合は症状が急激に重症に現れますが、慢性の場合は、体の様々な代償機構が働くので、かなり重度の低ナトリウム血症でも全く自覚症状がない人もいます。
2.低ナトリウム血症の原因となる脱水や基礎疾患
低ナトリウム血症では、水の飲み過ぎや、水分よりも塩分を多く失うなど、基礎疾患がない人でも起こりうる原因から、心臓や腎臓などの基礎疾患が関係する場合があります。
体内の水は、細胞内の水と細胞外の水に分けられます。
低ナトリウム血症の原因は、細胞外の水の減少・正常・過剰型によって原因が分類できます。
2-1.細胞外の水分量減少型の低ナトリウム血症
体内総水分量と体内の総ナトリウム量の欠乏が両方発生しているものの、水分よりもナトリウムの方が相対的に多く失われている状態。
・消化管からの消失:嘔吐・下痢
・サードスペースの喪失:熱傷・膵炎・腹膜炎・腸閉塞など
(サードスペースとは細胞内でも細胞外でもない第3のスペースという意味)
・腎からの消失:利尿剤・ミネラルのバランスをとる副腎髄質ホルモンの低下
高血糖による過剰な利尿
塩類喪失性腎症
健康な人では、急な嘔吐下痢が起きた場合や、重度の火傷を負った場合で、塩分を含まない水の摂取や塩分濃度の低い補液をした場合に起こります。
また、基礎疾患としては、特に高血圧などで利尿剤を過剰に飲んでいる場合や血糖コントロールの悪い糖尿病などで起こりやすくなります。
2-2.細胞外の水分量正常型の低ナトリウム血症
体内総水分量が増加し、体内の総ナトリウム量は正常な場合。
夏場の発汗時に、水分を一気に大量に摂取してナトリウムが希釈されてしまう場合や水分を大量に摂取してしまう多飲症。
また、腎臓からの水分の排泄が追いつかない場合や、薬剤性や内分泌異常で起こります。
・水分摂取の過剰:水だけを一気に大量に摂取する場合、多飲症
・薬剤:サイアザイド系利尿剤、バルビツール産経、カルバマゼピン、クロルプロパミド、クロフィブラート、オピオイド、ビンクリスチン、MDMA(エクスタシー)、消炎鎮痛剤(NSAIDs)他
・全身疾患:甲状腺機能低下症(アジソン病など)、ADH不適合分泌症候群(SIADH)
・抗利尿ホルモンADH分泌を増加させる刺激:精神的ストレス・悪心・疼痛・術後
2-3.細胞外の水分量過剰型の低ナトリウム血症
体内の総ナトリウム量が増加しているが、相対的に総体内水分量の方が多い場合。
これは、水分のコントロールに極めて重要な臓器、腎臓、心臓、肝臓に機能不全がある場合です。
・腎不全:急性腎障害・慢性腎臓病(CKD)・ネフローゼ症候群
・肝硬変:ウイルス性・薬剤性・アルコール性など
・心不全:心筋梗塞・慢性心不全・心筋症など
3.低ナトリウム血症の診断と治療
低ナトリウム血症は、病院で血液検査を行わない限り診断はされません。
血液検査でナトリウムが低い場合、「さぁ、原因はなんだ?」と医師が原因を考え、治療します。
低ナトリウム血症の原因によっては、単に飲む量を減らすだけで良いかも知れません。
多くは、原疾患の治療、原因となる薬剤の変更や中止、適正な補液などを行い、体内の水分とナトリウムのバランスを適正化していきます。
4.夏場の脱水に伴う低ナトリウムに注意:低張性脱水
多くの健康な人にとって、今、猛暑のこの時期に注意すべきは、夏場の脱水に伴い低ナトリウム血症が起こる「低張性脱水」です。
発汗に伴い水分を摂取していても、血液中のナトリウムが希釈されると、血液中のナトリウム濃度を保とうとする体の働きで、血液中から細胞内に水分が移動して、血管内が脱水になる可能性があります。
その一方で、細胞は膨れ上がります。
4-1.低張性脱水の症状
喉の渇きは基本的に見られません。
・吐き気と嘔吐
・頭痛
・眠気、倦怠感
・落ち着きのなさや過敏性
・筋力低下、けいれん
・錯乱
・意識障害
・昏睡
これらは、脳の細胞がむくみ 、頭蓋骨に圧迫されることで起こる中枢神経症状です。
血管の中から水分がなくなり、血管がぺちゃんこになっているため、点滴をしようにも、なかなか針がさせずに医療者を焦らせることにもなります。
4-2.高張性脱水や等張性脱水
その他、飲水ができない高齢者や乳幼児で起こりやすいのは、水分が塩分以上に失われ、補給もされないために、相対的に水よりもナトリウムが増える「高張性脱水」です。
細胞内の水が細胞外に移動し、循環血液量は保たれるが、細胞内液の減少により、細胞が水不足になります。
口渇を強く訴えますが、高齢者では口渇中枢が麻痺して渇きを感じづらく、まだ喋れない乳幼児は訴えられない可能性もあります。
そのため、介護者や保護者が十分に水分補給を促す必要があります。
等張性脱水は、出血や下痢、熱傷など急速に細胞外液が失われるときに起こりやすくなります。
4-3.低張性脱水の予防
炎天下に、高温多湿の環境での作業や運動などでとくに発汗が多い場合。
水分だけを補給すると血液のナトリウムも汗から失われやすくなります。
特に、普段から運動不足で、汗をかく習慣がない人が「ドッ」と汗をかくと塩分を多く含むベタベタでしょっぱい汗をかきます。
普段から発汗習慣がない人ほど、塩分を汗から失いやすいのです。
普段、発汗している人は、汗腺がしっかり機能し、汗の中に塩分などのミネラルを出さないよう、再吸収して血液に戻すため、しょっぱくない水分が99%のさらさらの汗をかきます。
4-4.スポーツドリンクに注意
水分とともに、スポーツドリンクや経口補水液などで塩分・ミネラルを補給することが勧められますが、スポーツドリンクで補給の際には糖分や人工甘味料の摂り過ぎに注意が必要となる場合があります。
スポーツドリンクは、清涼飲料水と同じと考えた方がよく、夏場の飲み過ぎで急激に重症の糖尿病「ペットボトル 症候群」を発症するリスクもあります。
4-5.梅干しや食事で塩分を
ミネラルウォーターに加えて、梅干しや塩(と言っても精製塩ではなく自然海塩)を少量舐める。
と言った方法もありますが、通常の食事を摂っている方は,意識的に塩分摂取を増やす必要はありません。
普段の食事で使用する塩分は、精製塩(塩化ナトリウムのみが99%以上)ではなく、塩分の害を抑えてくれるカリウムや血管を緩めるマグネシウムなど様々なミネラルを含む天日塩や平釜製法の自然海塩をお勧めします。
私は、ぬちまーすや雪塩などを使っています。
日頃から減塩を心がけている方や高血圧などで薬を服用中の方は,適切な水分と塩分補給についてかかりつけの先生にご相談ください。
日本高血圧学会は、「日本人の食塩摂取量は平均1日10グラム程度と多く,必要量をはるかに超えています。高血圧の人は,原則として夏でも適切な減塩が必要で,1日6グラム未満が望まれます。」としています。
食品に含まれる塩分量は、
・味噌汁:1杯あたり約1.5グラム
・梅干し(調味漬・塩漬):1粒当たり1-2グラム
・食パン1枚(ロールパン2個):約1グラム
・スポーツ飲料:500ミリリットルあたり約0.5グラム
・経口補水液:500ミリリットルあたり約1.5グラム
日本高血圧学会HPより
4-6.低張性脱水の場合の治療
低張性脱水の場合は、輸液の中でも細胞外液に近い組成のものを補液します。
基礎疾患があるなど、脱水の原因が一つではない重症例もあるため、データをとりながら輸液量の調節や輸液製剤の変更を考えます。
あまり急激に、誤った点滴の選択をすると、致命的になるリスクもあるため、医師は慎重に治療を進めます。
脱水が起こりうる状況で、「なんだか普段と違う」など、様子が違うことに気づいたら、救急搬送も考慮する必要があります。
▼【医師解説】猛暑のマスク使用は危険! 熱中症を避けるための正しい着脱法
https://wellmethod.jp/heatstroke/
▼熱中症は外だけではない! 家の中で熱中症になりやすい条件と6つの予防策
https://wellmethod.jp/indoor-heatstroke/
5.まとめ
塩分は悪者!とされがちですが、細胞を保つためには塩分と水分のバランスがとても重要になります。
必ずしも「塩分は悪者」と決めつけず、適正な補給と補正をしましょう。
暑い日が続きますので、日常的に水分と塩分の補給を意識して乗り切っていきましょう。
この記事の執筆は 医師 桐村里紗先生

桐村 里紗
総合監修医
・内科医・認定産業医
・tenrai株式会社代表取締役医師
・東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 道徳感情数理工学講座 共同研究員
・日本内科学会・日本糖尿病学会・日本抗加齢医学会所属
愛媛大学医学部医学科卒。
皮膚科、糖尿病代謝内分泌科を経て、生活習慣病から在宅医療、分子整合栄養療法やバイオロジカル医療、常在細菌学などを用いた予防医療、女性外来まで幅広く診療経験を積む。
監修した企業での健康プロジェクトは、第1回健康科学ビジネスベストセレクションズ受賞(健康科学ビジネス推進機構)。
現在は、執筆、メディア、講演活動などでヘルスケア情報発信やプロダクト監修を行っている。
フジテレビ「ホンマでっか!?TV」には腸内環境評論家として出演。その他「とくダネ!」などメディア出演多数。
- 新刊『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)』
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著作・監修一覧
- ・新刊『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)
- ・『日本人はなぜ臭いと言われるのか~体臭と口臭の科学』(光文社新書)
- ・「美女のステージ」 (光文社・美人時間ブック)
- ・「30代からのシンプル・ダイエット」(マガジンハウス)
- ・「解抗免力」(講談社)
- ・「冷え性ガールのあたため毎日」(泰文堂)
ほか