脳梗塞の前兆「一過性脳虚血発作」とは? 危険信号を見逃さないための症状と予防策
こんにちは、WELLMETHODライターの和重 景です。
みなさまは、一過性脳虚血発作についてご存じでしょうか。
実は、この一過性脳虚血発作は、三大疾病(がん、心疾患、脳卒中)の一つである脳卒中の中の「脳梗塞」※の前兆ともよばれる症状です。
脳梗塞は有名ですが、一過性脳虚血発作という病気は、あまり聞きなれない言葉ではないかなと思います。
それもそのはず、一過性脳虚血発作は脳の血流が一時的に行き届かなくなるだけであり、しばらくすると元に戻ります。
めまいやしびれの症状があったとしても、自宅でしばらく様子をみるだけで普段通りの生活を送ることができます。
しかし、この一過性脳虚血発作こそ、脳梗塞の前兆であり見逃すことのできない病気です。
一過性脳虚血発作とはどのような症状があるのでしょうか。
「症状は繰り返すのか」
「低血圧は関係するのか」
「後遺症はあるのだろうか」
など、いろいろ疑問に思うこともあるかと思います。
今回はこの一過性脳虚血発作についてご紹介します。
※脳梗塞とは:
脳卒中の一つで、血管が詰まってブドウ糖や酸素が行き届かなくなり、脳の細胞が死んでしまう病気。
目次
1.一過性脳虚血発作(TIA)とは
一過性脳虚血発作(TIA: transient ischemic attack)とは、一時的に脳の血管がつまり、24時間以内に消失する状態のことをいいます。
症状は半身のしびれや麻痺、言葉がでにくい、体がうごかしにくいといった、脳梗塞が起きたときと同じような症状が現れますが、すべて一時的で、消失します。
通常、脳は血管がつまり酸素が運ばれないと細胞が壊れ「脳梗塞」を引き起こします。
しかし、この一過性脳虚血発作では、脳の血管が短時間の間で再開通し、流れが良くなることから、脳機能も回復し普段通りの生活を送ることができるため、見逃されることが問題となることがあります。
2.一過性脳虚血発作の症状とは
一過性脳虚血発作の症状は、脳の血管が詰まる場所によって異なります。
症状は大きく分けて運動障害・感覚障害・言語障害・視覚障害に分けられます。これらの症状は一過性であり、多くは数分~数十分、長くても24時間以内に治まります。
代表的な症状についてご紹介します。
2-1.運動障害
運動障害は、一過性脳虚血発作でよくみられる症状です。
主に体の左右どちらか片側の手や足が動かなくなるなど、麻痺の症状がみられます。
例)手に力がはいらず箸などをもつことができない、足に力が入らない・食べるときに口の片側から食べ物や水がこぼれてしまう
2-2.感覚障害
感覚障害では、体の左右どちらか片側の手や足の感覚が鈍くなったり痺れを感じたりします。運動障害と同様、体の片側に現れることが特徴です。
例)片側にピリピリするしびれを感じる、体が傾いていることにきがつかない、感覚がなくなる
2-3.言語障害
一過性脳虚血発作では、ろれつが回らない、いいたい言葉が出てこないなど言語の障害が現れることがあります。
例)言葉が出てこない、いいたいことがいえない、理解できない
2-4.視覚障害
一過性脳虚血発作では、視覚の片側が消失する症状(一過性黒内障)があらわれることが特徴です。また、物が二重に見えるなどの視覚障害があらわれることがあります。
例)片目が見えなくなる、真っ黒になることもあれば白っぽくなることもある、視界の半分がみえなくなる
いずれも脳の血管がつまった場合に現れる症状ではありますが、一過性脳虚血発作以外の病気においてもこのような症状がでるものもあります。
3.一過性脳虚血発作と似たような症状が現れる病気
一過性脳虚血発作の症状に似た疾患は以下のようなものがあります。
・脳梗塞
・脳出血
これらの場合は、一過性脳虚血発作と違い、症状が長引き元に戻ることはありません。
脳出血の場合は、ひどい頭痛を伴うことがあります。
いずれも、緊急性を要するケースです。
一過性脳虚血発作は、これらの症状と見分けがつきにくい場合があるため、救急病院を受診し、検査を受ける必要があります。
その他、鑑別が必要な他の病気もあります。
半身ではなく両側に脱力が起こる場合は、一過性脳虚血発作や脳梗塞、脳出血ではない可能性が高いですが、おかしいなと気づいた際には、自分で判断せず専門の医師に診てもらうことが大切です。
・前兆のある片頭痛、片麻痺性腺頭痛
・てんかん発作
・一過性健忘
・メニエール症候群
・過換気に関連した感覚症状
・低血圧に伴う失神・失神前状態
・低血糖
・ナルコレプシー、カタレプシー
・周期性四肢麻痺
4.一過性脳虚血発作が起こる原因
一過性脳虚血発作の原因は大きく分けて、脳血管の動脈硬化によるものと心臓により発症するものの2つに分けられます。
4-1.動脈硬化が原因
一過性脳虚血発作は動脈硬化により引き起こされます。
脳血管の太い部分(頸動脈など)に動脈硬化が起こると、動脈硬化の部分に血栓ができます。これによって、脳血管の血流が悪くなり、血栓が詰まると、一過性脳虚血発作で起こる麻痺などの症状があらわれます。
この血栓が小さい場合にはすぐに溶け流れ去り血流が回復するため、麻痺などの症状もすぐに回復します。
また、血管が動脈硬化になると血管内が細くなり、脳に運ばれる血液量が少なくなります。
この状態で血圧が急に低くなり、脳に運ばれる血液量がさらに減ると一過性脳虚血発作を起こすことがあります。この場合、頭を下に下げてしばらく休むことで回復します。
4-2.心臓が原因
心臓は常に一定のリズムで動き続けています。
しかし、心臓が本来のリズムで動いていない不整脈がある場合、心臓内に血栓(血の塊)が作られることがあります。
主に、心房細動というタイプの不整脈です。
この血栓が血液の流れに乗って脳に運ばれ、脳の血管がつまることで発症します。
この詰まった血栓が自然に溶けることができれば、一過性脳虚血発作として症状は治ります。血栓は人工弁や心筋梗塞でも作られることがあります。
ただし心臓が原因の場合、作られる血栓は大きいものが多く、多くは一過性脳虚血発作より大きな脳梗塞(脳血管が完全に詰まってしまうこと)を起こすケースがみられます。
脳塞栓と呼ばれ、重症になりやすいのが特徴です。
5.一過性脳虚血発作を放置しておくと危険な理由
一過性脳虚血発作を発症した患者さんは、脳が詰まりやすい状態になっているため、近いうちに脳梗塞を発症する危険性が高まります。
最近の研究では、一過性脳虚血発作を発症後の90日以内に15~20%、うち半分の人が2日以内に脳梗塞を発症することがわかってきました。
参考)
https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/193353
https://www.ahajournals.org/doi/full/10.1161/01.STR.0000134416.89389.9d
また、一過性脳虚血発作後、なるべく早い段階で診断・治療を行うことで脳梗塞の発症リスクが劇的に下がる(抑制率80%)ことが報告されています。
つまり、一過性脳虚血発作は脳梗塞にさしかかるもっとも危険な状態であり、早急に専門病院を受診し治療を開始することが、脳梗塞を未然に防ぐ最善の方法になります。
6.一過性脳虚血発作の診断・検査
2018年のWHOから発表されたICD-11(国際疾病分類、改訂第11版)では、一過性脳虚血発作の定義を、「症状が24時間以内に完全に消失する」という持続時間の基準と、「局所の脳および網膜の虚血により生じる一過性の局所神経学的機能障害で、画像上急性期脳梗塞巣が認められないもの」としています。
参考)
https://www.jsts.gr.jp/img/tiateigi_201910.pdf
一過性脳虚血発作は受診した時点で症状が消失していることが多いため、「どのような症状が」「いつから」「どのくらいの時間続いたか」などの詳しい聞き取りが重要です。
さらに検査として、頭の中の評価をするためにMRI/MRA、血栓の原因を調べるための頸部エコーや心電図、全身状態の評価のための血液・尿検査などが行われます。
6-1.MRI/MRA・CT
一過性脳虚血発作は、MRI/MRAやCT画像による病変は認められないものであると定義されていますが、一過性脳虚血発作後に発症リスクが高まる急性期の脳梗塞の病変や脳の動脈硬化による過去の梗塞、それ以外の脳疾患の病変が見つかることがあるため、脳の状態を把握するために検査を行います。
また、MRAでは脳の動脈の状態を調べて一過性脳虚血発作の原因である動脈硬化の程度や、狭窄具合を確認することができます。
6-2.頸部エコー
動脈硬化の状態を確認するために、頸動脈エコーを行います。
頸動脈エコーでは、頸動脈の動脈硬化がどれほど進んでいるか、どこまで狭窄しているかなど調べることができます。
6-3.心電図
一過性脳虚血発作の原因が心臓にあるのかどうか確認します。
血栓を作る原因となる不整脈(とくに心房細動)がないかを調べます。
ただし心房細動は一過性のことがあるため、通常の心電図で確認できない場合は、24時間携帯型心電図(ホルター心電図)検査を行うこともあります。
6-4.心臓超音波検査
心臓に原因がある場合、心電図のほかに超音波をあてて、心臓内に血栓があるかどうかや心臓の壁や弁の動きに異常がないかなど、一過性脳虚血発作を引き起こす原因を調べます。
6-5.ABCD2スコア
一過性虚血発作後、脳梗塞を発症するリスクを予測するために数値化して判断する方法をABCD2スコアと呼びます。
この一過性脳虚血発作発症後、48時間以内の脳梗塞発症率は
ABCD2スコア
0~3点 1%
4~5点 4.1%
6~7点 8.1%
であり、点数が高いほど脳梗塞を2日以内に発症するリスクが高いとされています。
7.再発予防策(治療)
一過性脳虚血発作は自然と症状がおさまる病態ですが、放っておくと脳梗塞など命や生活に関わるような脳の障害を負うことがあります。
そのため、「脳卒中治療ガイドライン2015」では、さらに48時間以内の急性期としての速やかな治療の開始が推奨されています。
治療の種類はおおまかに内科的治療または外科的治療を行います。
治療は、一過性脳虚血発作の原因が血管の動脈硬化によるものか心臓によるものであるかで異なります。
7-1.血管の動脈硬化が原因(非心原性)の一過性脳虚血発作の場合
動脈硬化により一過性脳虚血発作が起こった場合、血液をサラサラにして血栓を作らせないために抗血小板薬を服用します。
とくに発症後48時間以内の急性期の再発予防にアスピリン160~300mg/日を投与することが勧められています。
脳梗塞の発症予防には抗血小板療法が推奨され、アスピリン75~150mg/日、クロピドグレル75mg/日、シロスタゾール200mg/日、チクロピジン200mg/日などの投与が検討されます。
7-2.心臓が原因(心原性)の場合
心臓由来の血栓が原因である場合、再発防止には、ワルファリンなどによる抗凝固療法が第一選択となります。
血液をサラサラにして血栓を予防する抗凝固薬には、ワルファリン以外に、新しい治療薬としてダビガトラン・リバーロキサバン・アピキサバン・エドキサバンなどがあります。
7-3.高度な頸動脈狭窄症がある場合
・ステント術(CAS)
・動脈内膜剥離術(CEA)
原因が血管の動脈硬化により高度に狭くなっている場合、血流の詰まりを良くするためにステントを留置して血管を広げる手術(CAS)や、血管内膜に肥厚したアテロームを除去する手術(CEA)を施すことがあります。
7-4.長期的な再発予防策
一過性脳虚血発作では、脳梗塞を発症させないためにも生活習慣病を含めた長期的な食事や運動習慣の管理が必要となります。
具体的には
・生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症に対する治療)
・抗血栓療法(抗血小板療法、抗凝固療法)
・心血管疾患に問題がある場合は、原因の治療
・禁煙や食生活、運動習慣の改善
などがあります。
8.一過性脳虚血発作にならないためには生活習慣の改善を行いましょう
一過性脳虚血発作や脳梗塞を予防するためには、バランスのとれた食生活や適度な運動を心がけ、高血圧、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病を防ぐこと、禁煙が大切です。
また、心房細動がある場合は早めに医療機関を受診し、対処することが大切です。
8-1.食生活の改善
食生活の乱れは、高血圧や脂質異常症、糖尿病を発症する原因になります。
普段の食生活を見直し、栄養が偏らないようにバランスを意識する、間食を控えるなど工夫し、生活習慣病(高血圧、脂質異常症、糖尿病)にならないように気を付けましょう。
高血圧の場合は食事の減塩を意識する(1日の食塩摂取量は6gまで)、糖尿病や脂質異常症ではカロリーや脂肪分を控えた食事を心がけましょう。
アルコールは肝臓に負担がかかるだけではなく、脳卒中のリスクを高めます。
「休肝日」を設ける他、1日の飲酒量は日本酒であれば1合程度、ビールは中瓶1本程度にしましょう。
参考)
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf
8-2.適度な運動習慣を取り入れましょう
一過性脳虚血発作を予防するためには、適度に運動習慣を取り入れることも大切です。
激しい運動ではなく、ウォーキングであれば1日30分程度、うっすら汗がでる程度が目安です。
8-3.禁煙する
喫煙は、脳卒中の危険性を高める原因になるため禁煙は大切です。
なかなか禁煙できない人は禁煙外来など専門の医療機関を受診するなど周りの力をかりることも一つの方法です。
8-4.心房細動は早めに対処する
心臓の動きが細かく不規則に動き心臓の電気刺激がスムーズに伝わらない不整脈のことを心房細動といいます。
心房細動は何も症状が起こらなければ命に別状がありません。
しかし、心房細動により心臓内の血流がよどみ、血栓がつくられると脳梗塞の原因になります。
心房細動は自覚症状がない方も多く、未治療のケースも多くみられます。
健康診断で指摘されたり、自身で脈を測った際に脈が乱れるようであれば、一度循環器内科のある医療機関を受診しましょう。
9.一過性脳虚血発作を見逃さないことが大切。普段の生活から予防していきましょう
一過性脳虚血発作は、症状自体はすぐに消失し、普段の生活が送れます。
しかしこの症状は脳卒中(脳梗塞)の発症リスクがぐんと上がります。
そのため気になる症状が出た際は、早急に専門機関を受診し、診てもらいましょう。
また、一過性脳虚血発作を予防するためにも普段から食生活や運動など生活習慣に気を付けることが大切です。
筆者も仕事や家庭が多忙であると、目の前のことで精一杯になり、自分の体のことは後回しになりがちです。
しかし、日頃からバランスの良い食事を意識してみる、運動する時間がとれなくても、湯船の中や寝る前、朝起きたときにストレッチをするなど、ちょっとした工夫を取り入れるように心がけています。
生活習慣をがらっと変えることはなかなか難しいものです。
しかし、自分の中でできることを少しずつ工夫して取り入れてみてはいかがでしょうか。
ご自身や大切な家族の健康を守るためにも、正しい知識と対処法を知ることは大切です。
これからも輝く毎日を送れるように、一日一日を丁寧に過ごしていきましょう。
この記事の監修は 医師 桐村里紗先生

桐村 里紗
総合監修医
・内科医・認定産業医
・tenrai株式会社代表取締役医師
・東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 道徳感情数理工学講座 共同研究員
・日本内科学会・日本糖尿病学会・日本抗加齢医学会所属
愛媛大学医学部医学科卒。
皮膚科、糖尿病代謝内分泌科を経て、生活習慣病から在宅医療、分子整合栄養療法やバイオロジカル医療、常在細菌学などを用いた予防医療、女性外来まで幅広く診療経験を積む。
監修した企業での健康プロジェクトは、第1回健康科学ビジネスベストセレクションズ受賞(健康科学ビジネス推進機構)。
現在は、執筆、メディア、講演活動などでヘルスケア情報発信やプロダクト監修を行っている。
フジテレビ「ホンマでっか!?TV」には腸内環境評論家として出演。その他「とくダネ!」などメディア出演多数。
- 新刊『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)』
- tenrai株式会社
- 桐村 里紗の記事一覧
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著作・監修一覧
- ・新刊『腸と森の「土」を育てるーー微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)
- ・『日本人はなぜ臭いと言われるのか~体臭と口臭の科学』(光文社新書)
- ・「美女のステージ」 (光文社・美人時間ブック)
- ・「30代からのシンプル・ダイエット」(マガジンハウス)
- ・「解抗免力」(講談社)
- ・「冷え性ガールのあたため毎日」(泰文堂)
ほか
和重 景
主に、自身の出産・育児やパートナーシップといった、女性向けのジャンルにて活動中のフリーライター。
夫と大学生の息子と猫1匹の4人暮らし。
座右の銘は、「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」。